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#92 久々に泥まみれ

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次の稲刈りに挑む前に、やっておかないといけないことがある。
4枚の段々になっている、一番下の田んぼには、清水が常に流れ込んでいる状態
なので、1/3位の部分が全く乾かない。

もともと湿原部分と田んぼの間には排水溝を掘ってある。清水は、緩衝帯を通って
田んぼに入り、そこから水路に落ちる仕組みにしてあったのだが、流石に半年近く
経過すると境界が曖昧になる。排水溝も雑草が生い茂って流れが滞り、田んぼに水が
入りっぱなしになってくる。


がろーじ湿原.jpg

もはや、田んぼというよりは湿原にイネが生えているような状態。
雑草も相変わらず勢いが良い。

そこで、排水路から、用水へと直接水が落ちるように、大胆に畦をえぐる。
この際、田んぼと排水路もつなげて、更に水が落ちやすくしておく。


排水中.jpg

向かって右側が用水路、左側が田んぼ外周の排水路、上側が田んぼ。
落差も大きく取っているので、今のところ順調に水が落ちていく。

掘ってみると、田面下にも大穴があり、そこからも排水出来ている様子がわかる。

田面下の大穴.jpg


田植えから夏場にかけては鬱陶しいもぐら穴だが、こんな時には役立つことを知る。
薬も使用せず、虫も獣も遠ざけずに栽培すると発見が多い。
作物の生育を気にするということは、すなわち他の生き物の観察をすることとも
思える。


どうせ自分だってただの生き物。もともとあるものを使わせてもらって生きている
だけならば、そのへんにいる虫とさほども変わらない。
道具や機械や薬に依存するようになればなるほど、それを忘れていくようだ。


人は自らが栽培した食物や、加工したモノに囲まれている。そこで過ごし続ければ、
現在の環境が普遍なものだと少なからず錯覚するようになる。
行過ぎれば、身の周りにあるモノの本質に対して全く興味が行かなくなり、消費する
ことだけに意識が向くようになってゆく。


その様子を違う角度から見れば、鶏舎の中でひたすら流れてくるエサをむさぼり食う
ニワトリのようなものなのだろう。


このような事象について、随分昔から 【自己家畜化現象】 という警鐘的な言葉が
あるのだが、現在の流れは変化したのだろうか。

相変わらず変な方に行って申し訳ない。
要はヒトの英知を過信せず、他の生き物と同じ視線から学びたいということに尽きる。


作業中また雨が降ってきたので、ダラダラとそんなことを考えていた。

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