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モチ食って死にたい

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作業中、撮影をすることが少なくなった。
別に、ブログをサボろうという気持ちでそうしている訳でもないのだが、別にそこまで
農業一色でなくてもいいのかなぁ、なんて気持ちもあったりする。
そこで、しばらくは農作業の野帳代わりという以外にも、日々印象に残ったことの記録
という昔のブログに良くあったようなスタイルも織り混ぜてみようかと思う。


まずは昨日の話。練馬のプチマルシェに来てくれた女性のお客さんに、玄米モチの
試食をしてもらい、話がその食感についてになってからの流れ。

『ふわふわなんですけど、歯切れも良いので割とお年寄りの方も安心して食べれるって
言われるんですよ。』

「あ、確かに。これならいいかも。」

『おうちに、ご年配の方が?』

「そうじゃないんだけどね、食感はその通りかな。でも、ふと思うんだけどモチを
つまらせて死ぬっていうのも良い死に方なのかもしれないなって思って。」
 
『ああ~、確かにそうかも知れませんね。好きなものを食べて死ねる訳だし、苦しんだと
しても、多分4~5分以内に意識失っちゃいそうだから、そこ耐えれれば結構楽かも。』

「あはは、ホントに。自分が死ぬんなら、そんな風な最期がいいなって思うのよ。」

まったく、実際にモチを喉に詰まらせてお亡くなりになった方々や、そのご遺族からして
みれば不謹慎極まり無い会話なのだが、お互いに自制心が働く訳でもなく会話は続く。

『しかし、コロっと死ねるのも良いけど、自分は社会的な役割が無くなったなと判断
したら死にたいというか、その判断が出来るうちに死にたいというか。』
 
「あ~、すごいわかる。それ。判断なんて任せて欲しいよね。」

『自殺したいとかじゃないんですけど、別に無理矢理長生きしなくてもいいかなって。
その上で、延命治療とかもする必要ないと思うんなら、しなければいいんだし。』
 
モチの話から思わぬ方向へ行ったものだが、実際、最近は死に方についてぼやーっと
考える事が多くなったというか、死ぬことに淡い憧れを抱くというか、何故かそんな
事が多かったのも事実。誤解して欲しくは無いので書いておくが、別に死にたいと
いう強い欲求がつのるという事も無く、普段と同じように生活をしていていられるし、
仕事のモチベーションが下がることも無いので、勝手に安心している。

まあ、心の底から、必要以上に長生きなんてするものじゃないとは思っている。
そりゃあ、死神に明日死にますよとでも言われたら、嫌だ嫌だとゴネるかもしれないが。
なにしろ、今の仕事を続け、まだ見ぬ子孫や後継者へと受け継いでゆくのが自分たちの
役割だと思っている訳であるし。それくらいの責務は全うしたい。
さりとて、これから先の未来にはそれ以外の特別な希望なども抱いていない。むしろ
世の中を見てみると、行く末が心配になるようなことばかりなので、慢性的に死への
淡い欲求が生じるのはある意味自然のことのように思う。いっそ、抱くなら抱くで、
それと上手く付き合って生きていこうじゃないかと。

そんな感じで生きている人が自分以外にも世間には意外といるのかもしれない。
彼女との会話は、なんとなくそう感じさせるものだった。
そして、そこまで懇意でも無い人と【死】についての観念を少しでも共有出来たことが
凄く嬉しかった。向こうがこの会話をどのように感じたのか知る由も無いが、終始に
こやかにその話題で盛り上がり、野菜もモチも買っていってくれたのだから、不快では
なかったのだう。
 
また、不謹慎かもしれない話を平然と出来たのは、自分の祖父が二人ともかなり衝撃的
且つ唐突に、そして遺族をさして困らせることもない亡くなり方だったからのようにも
思う。

父方の祖父は、『百まで生きる。百で再婚する。』が口癖だった。マンガに出て
きそうな位にタフな老人で、80を過ぎても腕立てが100回近く出来た。
そして齢89の時、医師が必要無いというのも聞かず無理矢理持病である脱腸の
手術をするために入院。手術は成功したものの、術後に院内で肺炎にかかり死去。
この一件で、生に拘りすぎると却って良くないということを知る。
葬式で、親戚は口を揃えてほっときゃ百まで生きれたのにと語っていた。
けれども、誰も落胆した様子は無く、皆、思い出話に花を咲かせ、ひたすら笑いあって
いたのが印象的だった。

『婆さん早死にやったからな、その分までおじやん生きてやんねんで。』

と、息巻く祖父の様子を、あの世で見かねていた祖母が、ええかげんにせえよと迎えに
来たのではないかといった冗談まで飛び交う始末だった。


母方の祖父は酒好き。戦友会があった際、宴会に持ち込まれた幻の銘酒が沢山余った
ので、その一升瓶をホテルの部屋へ持ち帰り、一本丸々開けて就寝。そして翌朝に死亡
しているのを同室の知人が発見。
大好きな酒を、文字通り死ぬほどカッ食らっての往生。戦友の方々はこれをひどく
羨ましがり、その戦友会はその後暫く毎年行われていたそうだが、【残念ながら】
同じように亡くなることの出来た方はいなかったとの話。享年81.
祖父無きあとの祖母は、それから17年が経過した現在も元気でアタマもはっきりと
しており、体が動くうちは何かから解放されたように悠々自適な生活を満喫していた。
伴侶と最後まで一緒に連れ添えなかったとしても、しっかり幸せに暮らすことも出来る
のだなと彼女を見ていて思う。
 
自分が二十代前半だった頃、立て続けに祖父がこんな風に亡くなったのなら、それはもう
その後の考え方や生き方に嫌でも影響を及ぼすだろうよと、今更感じる次第である。
ああ、羨ましい亡くなり方をする方々が随分と身近にいてくれたものだ。

そういえば、父も自分が子供のころから『お父さんは50で死ぬ。』等とおかしな
事を言っていた。「へー、お父さん50で死ぬんだ。」等とスルーしていたら、それが
二十歳の頃は『60で死ぬ。』。現在は『コレを生涯の仕事としてやり遂げたら死ぬ。』
死ぬ死ぬ詐欺である。

そんな父の息子なのだから、こういう事を平気で書いてしまったりするのだろう。
子供が出来たら、

『お父さん、モチ食って死ぬのが夢なんだ。』

とでもいつも話してやろうかと。


これを読んで、気を悪くされた方がおりましたら、謹んでお詫び申し上げます。

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