モミガラの友

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この手の写真を撮るのは何度目になることだろうか。
今年になって更新を再開してから、最早日課のようなものの如くである。
  
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モミガラを取りに行くと、様々な人に出くわす。移住してきて稲作を営んでいる初老の紳士、
昨年に仕事を畳み、自宅周辺の所有地を肥やそうと頑張っているおじさん、今日は、週末で
こちらに通ってきてはバラの庭園をこさえている老夫婦。
みなさん、色々な余生をすごしていらっしゃる。
そんな方々に、こちらも割とお世話になることが増えてきた。今日は、そこで良く会う元魚屋さん
に茸農家さんを紹介していただいた。今後は、そこからも廃菌床を持ってくることが出来る
ようになった。みなさん、無料で手に入る資材を良くご存じなのだなと感心する。
 
元魚屋さんのお庭を覗かせてもらったら、モミガラと廃菌床、そして燻炭だけで土づくりを
していて、かなりの成果が出始めていた。そして、奥さんに渡してあげなさいと、いっぱいの菊を
持たせてくれた。良い土だと褒めたら、自分のしている土づくりが間違っていなくて良かったと
喜んでいた。モミガラと廃菌床をひたすら集め続けることに対して、ご近所から、だいぶ変わり
者扱いを受けていたのだそうだ。すごく気持ちが解る。それでも、最近はそのお庭の花や野菜の
出来栄えから、周囲の見る目も変わってきたそうだ。
一体、いつから土づくりを始めたのかと尋ねたら、八年前からだという。自分が脱サラをした
頃から、全て人力でチマチマと改良をして、ようやく成果が出始めたと考えると、こちらの土が
出来上がってくるのはまだまだ先の話になりそうだ。そして、自分はそこまで真面目に香取で
土づくりをしてきただろうかとも感じてしまう。
八年間は長いような気もするけれど、もどかしがるでもなく日々を積み重ねてゆくうち、気付い
たら経過していたというような年数でしかない。その積み重ねが面白いと思えるようになって
いるからこそ、そう思えるのかもしれない。

日々、作業には事欠かず、いくらやっても終わりがないどころか、毎日思うほどには捗らない。
それでも、慌てたり、急いだりしたりすることは稀。その機会があっても、必要以上にせかせか
したりはしない。いつから、時が流れてゆくことに対して寛容になってきたのかは判然としないが
無駄にも生きていないし、無駄な仕事もしていないし、どうせ死ぬまでやってもやり切らないし。
そんなことを感じる度に、少しずつそうなっていったのではないかと思う。
それは勿論、それなりに目いっぱい仕事をしているはずなのだが、月に一度休日があるか
ないかといった状況においても、あんまり無理をしているような気もしない。疲れていることも
多いのだが、それに見合っただけ睡眠もとれている。食べ物も悪くない。なので、あんまり
深く悩むこともない。

なんだろうか、この仕事は大変だと自分は思っているかもしれないけれど、実はこんな感覚と
いうのは、モミガラの山で出会う方々と似通っている部分があるのかもしれない。

バリバリやっているけれども、気分的には隠居暮らしの趣味人と同様。これはある意味
理想的だ。それを目指してゆこうじゃないか。

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