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休耕地から思うこと

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『隣町(家から20Km強離れた場所)に、知人が持て余している休耕地があるので、タダでも
良いから借りてくれる人はいないかと言われたのだが、どうだろうか?』

先日、婿入り先のお義父さまから、そんな相談をされる。 
いや、現状の我々の能力では、近所の休耕地どころか畑ですら請け負えるかどうかというレベル。
ましてや、離れた場所など、とてもではない。素直に話せば、

『そりゃそうだよなぁ。』

としかならない。若い夫婦が農業をしていると見るや、やってくれという話は何処からでも
集まってくる。

20161106_161810-1.jpg
 
休耕地ねぇ・・・とりあえず、自作地に隣接する写真のような所をどうにかしたい。こういった
空間が増えると、イノシシの被害が増える。だが、自分の土地ではないので、手をこまねいて
見る他に無し。なにしろ、これからまた新たにこれを開墾してまで借りるかといったら、それは
出来ないというか、現状で手を出すと簡単に首が締まるのを知っているからやりたくない。

当ブログの過去の記事をよくよく読んでみれば、私が休耕地や、条件不利地、いい加減な管理を
された挙句にうっちゃられた田んぼらしき沼、草木に埋もれた農道や法面など、どんな土地を
どれだけ苦労して、時には傍目からだと意味不明な技まで編み出して管理してきたかを知る
ことが出来るのだが、その中で培ったスキルを持ち合わせていたとしても、やはり休耕地を
ボランティア+α程度で管理するという気にはならないものだ。なにしろ、徒労感が尋常で
ないのだ。
 
それは、地権者も困ってはいることも察する。特に近頃は、あからさまな耕作放棄(要はヤブ)
状態で圃場を何年か放置すると、その圃場の固定資産税を上げる自治体も出始めた。
だから冒頭のような話が持ち込まれる事が増えてくるのである。だが、それはそれとして、
そもそも、農地とは何なのかという所から考えてみよう。

まず根本的な考え方として、国の食糧政策および国民の胃袋を担うという重要な意味がある。
人畜をはじめ、さまざまな命を担保している土地である。そこで、大前提としては

【人の営みが続く限り、農地は半永久的に農地であるべきもの】

であって然り。永続的に管理出来る者に対し、所有・貸借・耕作する権利が付与される。
土地なので、不動産だという考えの方々も大勢おり、現在は寧ろその考えのほうが支配的で
あったりもするのだが、私有財産という価値観は後年になって、結果的に付随してきたものに過ぎない。
大原則と照らしてみて、その理由はどうであれ農地を荒らすのなら、それは農政に対する背信
行為とも見られかねない。その上での固定資産税率アップである。この措置は、当り前と言えば
当たり前。遠回しに、

『管理できないのなら、有効利用する方法を模索するなり、手放すなり、何か対応をしなさい。』
 
と言っているようなものだ。
しかし、農業の衰退ぶりは、普通に考えて個人で対応可能なレベルをとうに超えてしまっている。
その上で、誰でも良いから借りて耕作してくれ、買ってくれと他にすがるしかない、所有者の
現状があったりする。

農政も、なにもしていない訳ではない。むしろ真剣に取り組んでいる。しかし、それらの取り組みを
上回る勢いで休耕地は増えている。そして、これは個人的な印象になので申し訳ないが、随分
前から農政と政治そのものの足並みが壊滅的に揃っていない気がする。これ以上具体的な
言及は、この場では避けさせてもらうが。
とにかく、政治/農政主体で取り組むという姿勢を強化すればするほど、諸施策への血税投入
は増えてゆく。これは、結果的にゴリ押しでなんとかある程度の効果が得られたとしても、
それにより最も恩恵を受けるのは荒らした地権者となる可能性が高くなるという問題が出てくる。
もしも、荒らした者勝ちという仕組みになってしまうようならば、税の使い方としては公正さを
大いに欠くものであることは言うまでもない。
故に、上からの仕組みづくりに過度な期待や依存をするべきではなく、理想的には現場の農業者
及び地権者・自治体/県の農政、そして国の機関が一丸となって取り組まなければならない。
各々が、それを認識する。つまり、ある意味農業は既に破綻してしまっているということを認識
する段階を経て、休耕地問題ははじめて前進してゆくのではないかと自分は考える。

目下、国がTPPで強い農業をなどと言うのなら、まず休耕地問題を更に突っ込んで考えてくれと
言いたい。既に、農地中間管理機構があるにはあるのだが、例えば本気で集約型農業を徹底
させて、国際的なコスト競争力をつけると言うのなら、管理能力を失った元耕作者から農地を
接収し、国主導で区画整理を行った上で、次世代の農業者へ再分配するなど、超法規的な
ところまで突っ込んだ案などが出てきても良いだろう。

今、自民党が農協潰しに躍起になっている報道などを実際の農業現場で見聞きしていても、
この先、政治がどのように農業に絡んでくるか、あまり信用できたものでではないなという
気持ちばかりが募ってくる。それは、なんというか、あちらは農業の話をしているはずなのに、
農業者として疎外感を覚えるような不思議な感じでもある。多分、それは自分が就農してから
暫くの間、農業とも呼べないような、最底の部類であろう現場に身を置いていたこともある
からだとは思うのだが・・・それでも信じられるものなら信じたい。
それと、末端の農政関係者には、これまで本当に良くしてもらってきたので、大っぴらに
このような記事を書くのも少々はばかられるという事もある。もし読まれた方がいらっしゃったら
どうか気を悪くしないで欲しい。自分なりの問題意識があるからこそ敢えて書いているので。


閑話休題、これ以上、先行きを不透明にする要素が増えてゆくようでは、いくら政治や農政
主導で頑張ろうとも担い手が増えることはおろか、従事者の数が維持される事もなさそうだ。
そうだな、普通に働きたいというだけならば、四年後までは、農業なんぞに関わるより、首都
近辺の建築現場などで汗を流していた方が良い稼ぎになるだろうし、将来に対してもも前向きに
生きられるだろう。
 
それでも、文字通り、【地に足つけて】やってゆかなければいけない仕事なのだが、皆、それを
忘れてしまっていないだろうか。というか、最早それをしっかり教わっている人間が少数派
なのかもしれない。そう、土になんて触れずに生きていられる人のほうが多い時代なのである。
耕作放棄をしている、その地権者が土に触れないで生きている側だったりする事もあるのだから。

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