培土も作ろう

| トラックバック(0)

季節を問わず、竹藪の整理をしている気がする。
無論、少しずつしか進まないからそうなるのだが。

それで、一月にユンボで掘り起こした竹の根っこが未だうず高く積まれたままになっていたり
する。竹を切り出す手間もさることながら、これを処理するのも面倒臭い。

いつだったか書いたように、根っこは土を抱えたままなので、簡単に焼けない。
それで、土ごと焚き火に放り込んで土を焼いてから処理することになるのだが、近頃は
この焼いた土が勿体なく感じ始めた。


20160919_114947.jpg
 
そこで、この焼いた土を育苗培土にでもしてみようと、土をほぐした際はそれを袋に詰める
ようになった。使用する際は、それと燻炭を混ぜてやれば良いと思う。それで肥料分は
どうしようかと考える。まあ、市販の肥料を混ぜても構わないが、カネも手間も徹底的に
かけないようにするには・・・人尿の希釈液でもかければ良いのだろうか。
まあ、お客様がそれでも良いと理解してくれればの話ではあるが。

それは使えないどころか、非常に使用しやすく、尚且つ即効性が高く、NPKのバランスも良い
上に、採取直後はほぼ無菌状態という、かなり理想に近いシロモノなのだ。
ただ、昨今の行き過ぎた衛生観念と、生まれた時からそれなりに清潔な環境で育ってきた人々に
とってしてみれば、ただただ汚いものとしか映るまい。
そんな栽培をしているなんてと嫌がられもするだろう。だから、未だ踏み切れない。

いや、でも見方を変えれば、どこもかしこも水洗便所で、それが自分の見えないところへ流れて
ゆく仕組みのほうが、よっぽど汚いのかもしれない。なにしろ、土に還そうと思えばどうにでも
なるようなものを、わざわざ系外へ、そして、その処理のために浄化槽や下水道、処理場などの
様々なインフラを介してやらなければならないというのは非効率極まりない。
そして、どうやって処理しようとも、汚濁負荷となる物質を完全に浄化することは困難であり、
尚且つ、貴重なリンなどの養分は流してしまったら回収出来ない。
要するに、文字通り【臭いものには蓋】を徹底的に優先した考え方がまずキタナイ。
それがあるから、環境的、インフラを整備・維持するための負荷へも繋がってゆく。

使えるもの、循環できるものをただただ水に流し、余所からコヤシをわざわざ買ってくる
なんてのは文字通りクソ喰らえという感じでもある。

ひょっとして、過度に清潔な生活を求めると、どんどん貧乏になってゆくのではなかろうか。
泥にまみれて暮らしていると、立ち止まってそんな風に思ったりもする。

食べ物に関心があるのなら、排泄物への関心も多少は増えなければ、やはり不健全だ。
別に、年がら年中気にする必要もないけれど、考えたくないモノの中にこそ未来が見える。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://inaka-nikki.net/mt/mt-tb2.cgi/1962