究極の後始末

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新天地へ移っても、やりたいことを始める前に、まず人の後片付けから仕事は始まる。
現在の田んぼは、ため池から流れてくる水路から直接水を引く形なので、以前のように用水の
自由は利かない。なにしろ、いつでも水が流れている訳ではなく、地区の水利担当者へ頼ま
ないといけなかったりする。雨などは、とても無駄には出来ない。

で、本日は何をしていたかというと、アゼ塗りと修正。毎度のように、小さな耕うん機をアゼのキワ
のみを雑に代かきしつつ、アゼの一部を直角に切り取り、その泥をひたすらアゼに盛り付けて
ゆく作業だ。しかし、そこへ至る前に、二重にも三重にも入ってた古い畦畔板を抜き、トラクタで
グズグズになってなっていたアゼを踏みつぶす作業があった。

家の人は言う。

『あの田んぼは深いし乾かない』
『水は大切にしなさい。』
『モグラの被害が多いから畦畔版を入れてあるのに抜くなんて・・・』

乾かないのは、幾重にも入れた畦畔版を何年も抜かないからだ。
モグラにアゼがやられるたら水持ちが悪くなるのは当たり前だが、そもそもアゼの手入れを
しないのが一番いけないことなのではなかろうか。畦畔版とて、入れたから必ず漏水が減ると
いうものでもなく、土に密着していること深く刺さっていること、刺さっている周囲に、きっちりと
泥が盛られていること。この三つがなければ上手く機能しない。
畦畔版は長年にわたり、アゼが徐々に踏圧を受けたことにより、あらぬ方向へ傾いでおり、その外側に更に新しいものが入れられていた。また、冬場にアゼの草を焼いたのか、溶けて変形
しているものも次々に掘り出される始末。田んぼ一枚のそれらを全てを抜くのに四時間。
使えるものとそうでないものを仕分けるのにまた三時間。踏みつぶしに一時間半。塗り直しに
半日以上。慣れた作業とは言っても、まあ疲れること。

そんな状況なのに、水は大切にしないさいなんて、説得力がない。
水を気にするなら、もっとよく土やら透水の仕組みを観察せえよと言いたい。
自分なりの方法を信じてきた方々を前にしては畏れ多いので、別に口にはしないが。
 
とにかく、以前耕作していた所よりも、田んぼの条件は良いのでなんとかなる。
けれども、こうして人の後始末を一所懸命に行っている間は、おそらく周囲の誰からも正当な
評価を受ける事は無いだろう。
農地は過去から受け継ぎ、未来へとつないでゆくものだというのは承知。しかし、どう受け継ぐ
のが良いかというのは、バトンを渡す人も受け取る人も、共に考えて然るべきだろう。
でないと、どこまで行けどもこのようにやるせない気持ちにばかりなるのだ。


他にも、重機でガチガチの耕盤が出来上がってしまっていた自作地(畑の成れの果て)を
まっとうな状態へ戻すべく、人力で暗渠を掘ったりと、耕作以前の作業に奔走中。
その間は、お金を稼ぐことなどとても出来はしない。人の後始末を行うのも自らの意志には
違いがないからだ。しなければしないで構わないが、新規就農以来七年間の経験から、
しなかった場合の落ちなど見えすぎて仕方がない。

妻には稼ぎの悪い亭主で申し訳なくも思う。
その代り、貯金が出来ないのなら、田畑に有機物の貯金をしよう。

 
そう・・・有機物の使い方・・人のやりたがらない仕事・・・あっ、ここでは報告していないけれども
昨年・一昨年と携わっていた、変わった仕事があったっけ。
 

 
この醜悪な機械は一体何なのかというと、、【メタン発酵消化液散布車】
消化液とかなんのこっちゃという感じだし、本体も、中古のコンバインを探してきて作業機類を
全てひん剥いて、図面も引かずにそれっぽく改造したテキトーなものでしかない。
改造するのは少し楽しかったが。

P1070788.JPG

消化液とは、有機物をメタン発酵させて、ガスを採取したのこりの液体のこと。それが速攻性の
高い液肥となるため、使い方次第では化学肥料を置き換えることが出来る可能性がある。
その実験を知人に手伝って欲しいと言われて、片手間の仕事として試験を担当していた。
 
で、その消化液の材料が・・・食品残渣。
コンビニ弁当やら、ケーキやら野菜クズやら肉、おから、卵・・・・ありとあらゆる食品が最終
処理を行うする工場へ運び込まれてくる。産廃扱いとは言え、それはそれは立派な食べ物を
適正な配分で調合し、メタン発酵槽へブチ込み、データを収集すること、並びにそれを圃場へ
散布して、生育状況を調査するのが主な仕事だった。
それに慣れるまでの間、罪悪感と嫌悪感にさいなまれ、食欲も減っていた。

材料や調合の様子の写真は、敢えてアップしない。興味があれば想像するか、そういった
施設を調べて現実を直視してきて欲しい。
 
食べ物を粗末にするなと人は言う。でも余ってしまう食べ物の成れの果てを見たがる人は
あまりいない。ましてやそれを処理する仕事を積極的にやりたい人などいるものだろうか?

これはエコだの、環境にやさしい農法だのとは到底考えられない。そもそも大量に食品残渣が
生み出される世の中が狂っているし、その残渣を当て込んで産廃処理の一環として農業を
考えること自体が後ろ向きな発想過ぎる。技術的には、様々な有機物を原料にすることが
出来るので、河原の雑草や、周囲の圃場から出たハネダシの野菜や厩舎から出た糞などで
試験するほうが将来性がある・・・。

やればやるほどに、こう考えるのは当然の流れだった。
 
自分の育てた農産物も、最後はこんな風に扱われたりしたら嫌だなぁ。
知識・スキルが備わっているから声をかけられたものの、農業者にこういう仕事をさせるのは
あんまり好ましいことでもない。そう思って、二か月間以上、のらりくらりと返事をはぐらかしたが、
結局やることになってしまった。
そして、今では誰もやりたくない仕事のある意味頂点を極めてしまった感すら持てる。


 P1070784.JPG

こちらは、消化液を水田に散布している様子。
水があれば、2トンもの液肥を積んだ散布車も、水田にが水が張ってあればちゃんと動き
回れる。これは意外だった。

消化液は、そこまでの悪臭も無く、確かに効果もある。
しかし、液体なので質量があり過ぎて散布に要する機械類も保管場所も、プラントも大仰に
ならざるを得ない。
この技術を知っているからと言って、自分の家の農業に応用することは、今の所到底無理そうだ。
とりあえず有機物の有効利用に関しては、他に実践しやすい方法を探すことにしよう。

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