田舎日記ホーム >>> 田舎生活 >>> 新規就農者ブログ >>> #443 使うから拾うもの  拾わざるを得ないもの

#443 使うから拾うもの  拾わざるを得ないもの

| トラックバック(0)

耕うん機のカゴ車輪はタダで見つかったものの、相当にサビサビの状態。
車軸に通すボスは再使用困難だったため、新品を購入。車輪自体もそのまま使用する
訳にはいかないので、サビを落として再塗装することにした。
中古で探しても、いつ出てくるか知れぬ品。もし純正の新品が出たとしても軽くン万円。
ゴミに見えても貴重な仕事の道具。多少の手間がかかったとしても永く使えるように
しておく事が大切。なにしろこの手の道具は廃れ行く存在。遅かれ早かれ入手する事は
難しくなってゆくだろう。


なんていうか面倒くさい.JPG
 
単なるサビ取りとは言っても全体となると大変だ。殆ど平面部分は無く、なかなか
手強い。CRCを2~3本、出力と大きさの異なるサンダー二本、カップブラシも
ワイヤーの径・長さの異なるものを用意してひたすら格闘し続ける。
本来、こういった形状のものは、CNSベベルなどの表面処理用ディスクを用いるのと
非常にやりやすいのだが、しっかりした鋼線カップブラシはなかなか消耗しないので
コスト的には有利だと思う。
 
 
ところどころ深めに浸食を受けている箇所はあるもの、極端に肉厚が薄くなったり
穴が開いたりしている訳では無さそうで何より。溶接部は特にサビが酷くなりやすいので
念入りに落とした。
 
この程度の錆びなら.JPG
 
表層の赤サビを落とすと、割と黒サビが出てくる。黒サビは、それ以上酸化せず
鉄の腐食を食い止めているため、その部位は無理に地金を露出させたりせずに残して
おく。高校生の頃、旋盤実習で使用した素材も、この黒サビ(黒皮)で見事に全体が
覆われており、屋外に無造作に転がされてiいた。削る時は少々勿体無く感じたのを
思い出す。 
 

 
 
で、話は変わって今年もゴミを拾っている。
これは、やそはちメンバーと一緒に拾ったもの。

今年も拾ってますよ.JPG
 
ゴミ拾いを続けて三年目。流石に拾う量は減ってきた。それでも、しばしば
投げ込まれるから嫌な感じなのだが。

このゴミを拾い集めて仕分けるのに時間と体力を割き、トラックで運搬するのに
エネルギーを使って、指定のゴミ袋を購入して・・・それでも自分は経済活動に
貢献していることになるのだろうか。
かたや、捨てた人間はどうだろう。不法投棄で浮いたゴミ袋代で発泡酒でも買って
いるのかもしれない。その空き缶ををまた捨てて、と。

それでもって、回収業者や清掃工場の仕事はいつまでも減らない。そんな連鎖で
みんなの消費生活が守られる。例え不毛だと感じる事象でも、何かが起これば
GDPは上がる。そんなものが景気や豊かさの尺度であるなどとは、随分と笑わ
せてくれる。

だったら、ゴミ拾いのボランティアなどは何も考えずにするものでは無いように
思う。さも良いことをしていますという風に拾うだけでは世間の矛盾を直視せず、
尻拭いだけしているだけのようなものだ。それを見て何とも思わない者が沢山いる
から、いつまでも拾い続けねばならなくなっているというのに。


憤りを押し込めて、生活基盤を維持するためにゴミ拾いをせざるを得ない人間の
気持ちなど、誰も知りたくないのかも知れない。そういった人を少しでも手助け
したいという意志があるのなら、大いにゴミ拾いをして欲しい。消費社会から
嘲笑されているような気分に浸れることだろう。


それにしても、どうせ拾うならしっかりした意義のある活動へと昇華させたい。例えば
ゴミで不気味な創作を行い、不法投棄現場に奉ったりするとか。拾ったものを
並べてどういった人間が捨てたものかを皆で真剣に分析・討議して、結果を看板に
書き不法投棄現場に立てておくとか。

発想が怨念めいてたとて別に構いはしまい。そうでもしなければ誰も何も気付かない
気がするのだ。
 
 
そんな事を思いながら、燃えるゴミを分別してペール缶で焼いた。これ以上ゴミ袋を
使いたくない。缶の周りには、当然モミガラを寄せておいた。ああ、何かには利用
することが出来たかなと、炎を見ているせいもあってか次第に気分が楽になってゆく。

しかし、都市近郊でこれをやったら罰せられるのだろうなとふと思う。拾ったゴミを
燃やすのさえ許されない条例は、住民の意見あってのもの。
本当、大勢の都合には抗えそうも無い。熱気の向こうに鉄屑が歪んで見える。

ついさっきまで、サビの出方に一喜一憂していたのに、この虚脱感は何なのだろう。
とりあえず、早くサビ止めを塗らないと・・・。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://inaka-nikki.net/mt/mt-tb2.cgi/1727