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#415 買いたくない 働きたい

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安かろう悪かろうというのは、別に今に始まったことでは無い。
そんなものは買わなければ良いと言えばそうかもしれないが、そんなものが
必要以上に存在しているのなら、見抜けない事だってある。


丁度2年前に買った洗濯物干しが、完全に使えなくなった。
プラスチック製の洗濯バサミが、この夏を境につまむ度にポキポキと折れ続け、
実に全体の8割以上が破損していった。イライラしつつも、そのうち洗濯バサミだけ
交換すれば良いと思っていたのだが、今日はとうとう物干し竿に吊るすための
クリップが折れた。
 
まったく、つまらぬ日用雑貨は壊れないのが取り柄なのではなかったのだろうか?
普段、何も気に掛ける事無く使用出きるから日用品と呼べるのであって、使用する
都度、壊れないかと心配していたのでは本末転倒も甚だしい。

写真は、某ホームセンターで買ったそれ。そこに並んでいる自社ブランドの道具は
直ぐに使えなくなるので、以前から買わないようにしていたのだが、これはその中でも
最悪の例だろう。また、そこブランドの商品は、消耗品などでもガムテープなどは
粘着力・耐久性が劣っていてダンボールの梱包に使用したら直ぐに剥がれてきた事も
印象深い。デフォルトでゴミと呼んでも差し支えの無い品質だった。

心から哀れみを覚える.JPG
 
これは、完全にモノの造りかたとして誤っていると言わざるを得ない。毎日毎日屋外で
使用するものなのに、プラスチックの紫外線劣化や加水分解を考慮せずに、ただ安い
材料を使ったのだろう。廉価であることは大切だが、廉価=人を欺くというところまで
やってしまうのは愚劣というか、やはり罪だ。

ただ、作るほうも相手側の要求に合わせて仕様を決めるのだろうから、こんな物を
こさえるのは嫌かもしれない。とにかく、それなりの見栄えで安いものをという要求を
されたであろう事は想像に難くない。
 

そして、ここまでのモノだと中国製だとか国産だとかはもうどうでも良いのである。
それなりのモノをそれなりの値段で作るという場合の【それなり】の基準がもはや
落ちる所まで落ちている。

然し、安くなければ売れない。こんなものでも作っているところで働いている人は
いるという話にも当然なるだろう。それに関わる事で生活している人がいるのだと。

だから、【買う・買い続ける】必要があるのだと。みんなそう思うのかも知れない。
 
・・・そんな詭弁だけでモノを消費しつづけていたら、何も良くならない。


もし、彼方がそれらを買い続けるとするのなら、まず見た目だけのモノを粗製濫造する
工場にて低賃金でコキ使われている者の労働ならびに将来をも肯定するのと同じ。
つまり、製品の企画者や、工場の雇い主側と目線は同じである。更に、その製品が
出来てからの先も同じ。全ての行程に関わる人は、過酷なコスト意識にさらされ、
商品の売価を削っているのか、己の心と肉体と自由が許される時間を削っているのか
さえもう判らない。そして、購入する側が、安い物しか購入する事ができないと考えて
いる層だったら・・・もうフォローのしようが無くなる。それを購入するということは
己が境遇を受け容れ、この先も甘んじる事を意味するからだ。

巷の企業では、サービス残業や休日出社が当然となっているにも関わらず、労働争議が
あまり起こらない。そんな理由も何となくこれで察することが出来るだろうか?
なにしろ、企業自身も、過剰なコスト競争に晒され続けたせいで、その不当な労働行為
なしには存続し得ないのだ。そんな組織の中で評価される人材とはおそらくサービス
残業を沢山する者だろう。

そんな風に働き、疲れて虚ろになりながらモノを捨て、また別のしょうもない物を
持ってきては、ひとときだけ物質文明の恩恵にあやかり、そして飽きればまた次が
待っている。それはそれでひとつの幸せの姿だと思えれば良いのだろうが、おそらく
そう感じる人も多くはいるまい。
 
 
人も企業も、哀しいモノを生産・消費し続けながら、辛うじて自らの形を保っている
ようだ。そんな事をしていては、世界中何処へ行っても凡民に富など集まらない。
でも、モノを手にする時の期待だけはいつまでも無くならないのだから、買ってしまう。
そう、幼いときから我々は消費大好きになるように刷り込まれているのである。


昨今、貧富の格差は常に問題視されているが、そのメカニズムなど簡単なものだ。
とにかく仕掛ける事や、人を上手く利用するのに長けた者や組織が勝つ世の中が続く
のなら自分はもう、経済的な幸福を夢見るのは止める。外にも面白いと思える事など
考えてみたらいくらでもあるのだった。
 
 
例えば、こんな風に雑貨が壊れただけで大袈裟に話を膨らませてみたりとか、ね。

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コメント(4)

プラ製は高かろうが安かろうがダメだよ。
うちのはさほど高くもないステンレス製だけどもう8年も使ってる。
(今気づいた)
洗濯ハサミは交換してるけどね。
あたくしもちょうどキミと同じようなことを考えていたところさ。
やっぱ兄弟だねぇ。
今日はこれからきみんとこの米ぬかでつくった入浴剤でお風呂にはいるところさ♪

金属製は長持ちするよね~。
実は物干しがもう一つあって、それは八王子のアパート以来だから
12年以上使ってる。プラ製の洗濯ハサミもあんまし壊れない。

良さっていうのは、長年使わないと分からないものだね。

はじめて人見さんのブログを拝見させて頂きました。
深いですね。
日常の中で違和感を感じていることはたくさんあるのに、
多分、受け流して生きているんですね。

のうえ さん

コメントありがとうございます。
返信がおそくなって申し訳ありません。

私とて、受け流して過ごしていることはまだ山ほどあって、0やりたくない
事はやりたくもないし、見たくないものは見たくないというのが本音です。
けれども、何かに気がついたのに忘れてしまっては勿体無いという気持ちの
ほうが強いようで、それでこうして気付いた事を書くようにしているんですね。

諸事情より、更新頻度が下がってはいるものの、今後ともそれは続けて参ります
ので、またお読み頂けると嬉しい限りです。