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#282 売ってるものは何? 

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戻ってきたところで、天気は良くならないが、出先でいくつか注文を頂いたので、
発送の準備をする。

黙々と袋に絵を描き、精米した米を詰めて、箱を組み立てて米と一緒に請求書を入れて
発送伝票を張る。今年の発送開始は早く、稲刈りを行いながら一連の作業を行っていた。

昨年はこの作業がなんとも億劫にもなったりしたが、慣れとは恐ろしいもので、手間の
かかる作業も、最早なんとも思わない。というか、生計が厳しいのが自然にそうさせるのか。

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昨年はこの作業がなんとも億劫にもなったりしたが、慣れとは恐ろしいもので、手間の
かかる作業も、最早なんとも思わない。というか、生計が厳しいのが自然にそうさせるのか。
 

そんなに手間ばかりかけてどうするの?
 
 
と、よく言われるのだが、地道に訴求をする意思はなかなか遠回りばかりさせてくれる。
米を全て売ってしまったところで、半年も生活は出来ない。とっとと売り捌いてしまい
あとはバイトでもする方が賢明なのかも知れないが、今の自分にとって、収入と食の面から
米は生活の糧であると同時に、ツールでもある。従って、未だに名詞も作らず、米を名詞
代わりにしている。食べれる名詞なら、インパクトも強かろう。そこに手を抜く訳には
ゆかないのだ。
 
 
コメが余っているという報道が飛び交い、安いものとしてしか認識されなくなりつつある中、
何から何まで違う米だと伝えたくても、その物のみをいくら説明した所で無理がある。

ならば、米ではなく自らを知ってもらう他には無さそうだ。
どうやったら高く売れるかなどと考えるより、その方がよっぽど面白い。
 
 
人を通じた売買の判断基準は、高い・安い・品質というだけでも無さそうだ。
お金がモノやサービスを媒介する際には、少なからず人の気持ちも乗っかっていく。
ならば、払ってくれた方には面白がってもらいたいし、こちらは有り難く受け取りたい。
陳腐な言い回しだが、お金を有り難く受け取りたかったらどうすべきかと真剣に考えて
いたら、嘘はつけないし、粗末なものも出せない。

それを続けた結果、じてんでくれる人が増えるなら
ずっとバカ正直でありたい。必要以上に周囲を詮索して、何か仕掛けるのは息苦しくて
仕方が無い不器用な者の遠吠えでも、知った上でやっているぶんは構わないではないか。

 
 


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先日、今年の新米を譲ってもらいました。

 シアトルから息子が帰っていて、入手したばかりの精米機を使って白米にして食べさせました。新米ということもあり、精米したてということもあり、何よりのご馳走となりました。息子が帰ってから、玄米を頂きました。さすがに新米、玄米でもとても美味しくいただけました。(去年は、小粒米を頂いていました。)

 今年は、富山和子の講演を聴き、著作をいくつか読んだこともあり、日本文化の中の米作りのことを違う角度から認識できました。なかなかたいへんな毎日であったことを感じ取ってはいたので、この収穫を嬉しく思いました。草取りのお手伝いくらいと思いながら、それも果たせずとても残念な気持ちでいます。

 何よりのご馳走をありがとうございました。

どうも、いつもお買い上げありがとうございます。

今年は、収穫量は少なかったのですが、お米の味はどうも世間の様子に反して
良くなったようで、かなり反応が良いです。玄米でも、おいしく食べられるという
声も多くなりました。

農業ブームとやらは収束傾向のようですが、稲作そのものに関心を持つ方が以前より
増えて来たことは何よりも嬉しいことです。農村では稲作離れがいよいよ進んで
きましたが、時流全体を考えるとこれから先はゆるやかな世代交代が起きていくの
かもしれませんね。

慌てずとも、私はここに常時おりますので、時間が出来たら母と一緒にでも様子を
みにきてください。今後ともよろしくお願いします。