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#228 エコビジネス

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要塞田んぼの上にある田んぼは、まだ雑草が多い。
代かきのつもりで作業しているのだが、除草機を使っているので、ようやくその
本領が発揮された。 


除草中.JPG

考えてみれば、除草に使うのはこれが初だった。
いい加減なことばかりしていると思われてもまあ仕方のないところか。
余りにも、普通の人と管理方法が異なり過ぎているのだから。 
 
 
 
そういえば、通りすがりの人と一昨日こんな会話をした。 
 
 
 
『やってるね、いい代になったじゃないか。』

「ええ、荒代と代かきはトラクタ使ってないんですよ。管理機と、除草機でここの
 2反部仕上げたんです。それだとガソリンも3リッター位で済むんです。」

『すごいな、それエコ栽培だね。農薬も使わないし。』
 
「エコ栽培、ですか。ありがとうございます。」

 
 
まあ、結果的にそうなるかも知れない。そして自分の作業に対しての賛辞なのも
間違い無いので、そこは素直に受け入れられる。しかし、何かが引っ掛かる。
 
 
エコ栽培・・・何それ?
 
 

正直、これまで紹介してきたような訳の分からない管理方法を編み出したのは、極力
お金をかけずに過酷な環境へ対応する必要に迫られた結果に過ぎず、エコ意識などは
ハナから無い。

また、農薬を使わないのは、この土地の性質を生かしたコメを育てたいし、
生き物が好きなだけ。まあ、農薬や化成肥料を使うだけの知識もスキルも
無いので使えないとも言える。
 
 
当然、【エコ産品】というタグを付けて高く売ろうなどという気にもなる訳が無い。
 
 

付加価値をつけて売る、その手段がエコというのは、何かあまり納得出来ない。
 
 
ここで、【エコロジー】という言葉は、環境負荷の低減や物質循環による持続的な
生活など、広範囲における分野での取り組みを全て包含したものだと仮に考えてみよう。

すると、それは非常に漠然とした観念に思えてはこないだろうか?
そこを何となくでも伝わり易くするためには、【エコ】という記号的な言葉に置き
換えて広めるのが手っ取り早い。
 
ただ、エコに対してのアプローチの方法や取り組み姿勢は、農産物でも工業製品でも、
サービス業でもボランティアでも個人でも、全ての分野において千差万別だ。

しかし、何をやっても【エコ】で片付けられてしまっては報われない部分だって
あるだろう。何しろ、こちらはエコだから買って欲しいのではなくて、自分自身の
やったことを買ってくれる人がいたら、それ程嬉しい事は無いのだから。
 
【エコ】という言葉は確かに非常に便利だが、これを濫用すると各々の訴求したい
事までが、どうも希薄化していくような気がしてならない。

例えば、メガネ米の商品名を【香取のエコ栽培米】にしたとする。

何となく安全そうな物とは思って貰えるかもしれないが、ありきたりな印象なので
それ以上の興味も抱かれにくいだろう。しかも、何をどうやってエコかと言っている
のか全く伝わらない。まさか、あのような狂気染みた手間をかけていようとは、誰も
思わないのではないか。

それならば、やはり多少怪しかろうが、【メガネ米】の方が面白がってもらえそうだ。
それで、袋の裏にでも ≪人見太郎で検索すれば、栽培ブログ読めます≫ とでも書いて
おけば、多少の投げかけにはなる。
 
  
 
巷には、エコ産品があまたある事も間違いなく、それらを売る事だってエコビジネスの
一つだ。しかし、【エコ】という言葉で処理をして、それらを大量に流通させるという
のみではこれまでの経済発展を前提とする消費社会という土台そのものが変化する事は
無い。【エコ】が冠してある商品と、それに関する広告が大量に流布されている中に
あっては、その物を手に取っただけで、本当にそれがエコなものかどうかを瞬時に判別
する事など誰も出来はしないのだから。

そもそも、【ビジネス】という言葉もその構造を象徴するようなものだろう。
これを直訳すれば、≪忙しさ・多忙・繁忙≫ となり、何かと慌ただしい様子
ばかり目に浮かぶ。そうやって仕事をするのが美徳と言うのなら、経済を動かす
為の仕掛けを作る事ばかりに目が奪われて当然。その常套手段の一つが言語の記号化
である。これでは、日本人どころか世界中の人が【エコノミックアニマル】になって
しまう。そして、≪経済上の~≫という解釈のエコノミックにもまた【エコ】。もう
こうなっては迷走せざるを得ない。

更に皮肉ると、サービス残業や休日出社ばかりの状況こそが【ビジネス】そのもの。
 
 

片や、物質循環や持続可能な社会への構築を標榜し、もう片方で永遠の経済成長を謳う。
【エコビジネス】 この言葉には世の中の矛盾が集約されている。
皆こぞってこんな変な言葉を使うようでは、現代は言葉遊びが過ぎたとしか思えない。
 


ただ、ここに出てくる以前は、自分とて必要以上に忙しい状態をこさえないと、
給料を受け取れなかった。今となって、それが良く判る。
 
 
 
 

相変わらずとんでもない話ばかりだが、そんな事をぼーっと考えながらでも、作業は
進めてゆける。これが、農作業の大きな特徴のひとつでもある。


ここも植えれる.JPG

ここの田植えは、要塞田んぼと同時に行うことにした。
それが終われば、あと3枚。少しずつではあるが、ようやく出口が見え始めた。

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