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#171 滞在記録② 村の農地

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到着早々、やっぱり言葉が通じなくて困る。タイ語は分からないし、おばあさんと子供に
英語は全く通じない。同行した三須くんが、指差し対話帖を用意してきてはいたが、二言
三言喋った後は話が続かない。

仕方が無い。お絵かきと身振り手振りでテキトーに話そう。

なまずの絵を描いて指差せば 【バールー】
イネの絵を描けば 【カオ】
方位磁石を出し紙に十字と矢印を描けば 【北はティプミヌァー 南はティプミターイ】


などと、単語を教えてくれる。
その発音をカタカナで紙に書いて、相手に渡せば同じようにタイ語で記入してくれる。
時間はかかるが、本を読むより言葉を覚えやすいので、これは昔からよくやる手だ。
何より間が持つ。ただ何も、本を用意していないからそうするというだけでもない。
 

この子はノンフー。絵が上手なホームステイ先の女の子。

① ノンフー絵が上手.jpg

似顔絵を描いたら、この子に塗り潰された。気に入らなかったらしい。
いつまでもお絵かきで話していたら遅い時間になったので、蚊帳の中で眠る。


 
 
翌日は早めに起床。

② 朝ですよ.jpg

朝は意外と肌寒い。今晩は扇風機を回したまま眠らないように気をつけよう。

 
 
この日は、村の農業について学ぶ。


まずは、ため池について。
この地域は稲作が中心。しかし、森は無く、大きな川は20キロ程離れたところを
流れているので、大規模な灌漑は不可。従って雨水を溜めて利用することになる。

なにしろ、雨が降らなければ作付けも出来ない。生育中に日照りが続けばイネは枯れる。
聞けば、タラート村の農家の85%は自前の池を持っており、周辺地区と比較すると
抜きん出ているそうだ。また、不作に備えて、種モミを補完していく米蔵や、モミの貸付け
システムなども充実しており、持続的に農業が行えるように工夫されている。


③ 大切なため池.jpg

何より、タラート村は、村人が都会に出ても戻ってくる村だ。
それには、農業や機織が充分に魅力的で稼げる仕事である事を意味する。

それが成立していく過程や努力、支援活動について語りだすと長くなるので、記録の末尾に
参考文献について記しておくので、それを参照いただければ良いだろう。
  
 

平原のように見えるが、ここは田んぼ。丁度今は乾季なので地面はカラカラ。
土もレンガのように固い 
タイは熱帯雨林気候で、本来は密林が繁茂している土地のはずだが、ここ東北部は何故
ここまで、森が無いのだろうか?

④田んぼですが、何か?.jpg

その理由は1960年代にジャングルを伐採を始めた所へ遡る。それはベトナム北部を
空爆するアメリカ軍基地の建設と、タイ内の共産主義ゲリラグループの温床を排除する
事が主な目的であった。その後は、伐採した資材を運び出す業者が入り、次いで農民が
入植してきて焼畑を行った。その焼畑が、タイ政府から森林伐採が禁止される1980
年代の後半まで続いていたと言う。そして、この地は雨の少ない乾燥地へと変化をして
いき、村人は仕事を求めて都会へと流出していくようになる。


昔から森林に住む人が細々と行っていた農とは、無論大規模な焼畑ではなく、森と共存
するようなものだ。あるいは、森に人は住んでいなかった。

折り重なった腐植が循環し続けている森の土は地力が高い。森を残す前提で行う栽培は
土壌からの収奪も少なく、持続的なものになる。しかし、森林が消失しつつある頃の入植
者はその事を充分に理解していなかったようだ。

だから、例えば堆肥を作って地力を維持するというような発想そのものが、ここでは
未だに一般的でない。メソポタミア文明は、森林を破壊して灌漑に頼る農耕を行い衰亡
していったというが、その何百年かかかって起こった変化をここでは半世紀のうちに
圧縮して再現してみせたような印象を受ける。

そして、自らも恩恵を受けている物質文明の功罪についても深く考えさせられる。

これから先は、この地力の回復が重要なのだが、それよりも先に機械化が浸透してゆく
事も予想される。その場合、機械による効率改善と収量確保のための化学資材の多用
ばかりに目が行かぬよう、適切な使用について配慮する必要が出てくる。また灌漑の
必要が生じたとしても、暑い土地では、地表への塩類集積にも気を配る必要がある。
では、それらは誰が指導すべきなのだろうか?


答えはおそらく、村で地力の維持・回復を実践しているこの農家さんのような人だろう。

⑤意外と攻撃的なヤギ.jpg

ヤギを飼っている農家さん。ちゃんと厩舎に敷きワラが引いてあり、堆肥を作って
畑に還元している。立派な池を造り、農地の周囲にも木々が植えられている。

ちなみに、一緒についてきた子供はヤギにちょっかいを出し追いかけられていた。
オスのヤギは後ろ足で立ち上がると、人間の背丈よりもだいぶ高いので迫力がある。
角がついていると更に怖い。イタズラはしないように。


ここは木がいっぱい.jpg

ここは他よりも少しだけ気温が低い感じで、家の周囲は涼しく感じる。

⑥堆肥作ります.jpg

その厩舎。外のワラは残念ながら暑すぎて雨も降らないので分解も進んでいないが、
厩舎の中はそれなりに。

⑧少しずつ森の土へ.jpg

バナナの木が生い茂る林を歩く。地面は落ち葉が覆っており、土は他の土地よりもほぐれ
やすい。少しずつ回復しているようだ。

  
 
 
ここで何か手伝いをしたいと言ったら、牛を引かせてくれた。
大きいけれど、おとなしくてわいい。

⑨今度はインド牛さん.jpg

インド地方原産の牛。随分痩せて見えるが、それはエサに穀類を混ぜないため。
農耕・搾乳用途なのでこれで充分なのだそう。霜降りの牛なんぞ、ここではただの
メタボでしかない。
 
 
⑩ 俺もノド乾いた.jpg

そのうちに、何だかすごい勢いで引きずられたので、牛についていったら、勢いよく水を
飲み始めた。水辺の近くでは、綱を話せと言われていたようだが、いかんせん言語が通じ
ない。 
   
 
 
炎天下で、牛を連れ歩いていたら相当に汗をかいた。
自分も何か飲まなくては。

⑪ なんか飲も.jpg
 
それで、村の商店へ向かう。そうしたら、同行のみんなも来ている。
近くの焼き鳥(ガイヤーン)屋で手羽先を数本買ってきてみんなで食う。

⑫ みんなのたまり場.jpg

男連中は、みんな昼間からビールを飲む。思い返すと村にいる間はそれが常だった。
でも暑さゆえ。日本にいるときは、夏でもそんな事はしない。
 
 

休憩し終えて戻ろうとすると、子供が現れる。見るからに遊んでくれと言いたげな顔。
仕方ないので全力で追い駆けっこや格闘ごっこをする。すると、どこからか他の子供が
うじゃうじゃ湧いてきて、相手が終わる頃はまた汗だくに・・・。

⑬ ちょっと待っとくれ.jpg

もはや、何の研修で村に来たのかはよく解らない。
まあ、この子らのおかげで毎日良く眠れた。ここにいれば運動不足にはならないか。


参考文献

【自給と産直で地域を作る】 小松 光一 著/ 発行 農山漁村文化協会

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