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#114 軸ぶれの修正

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肌寒かったり、暖かかったり、雨が降ったり大風が吹いたり。

中途半端な天気がつづき、こちらも動きが鈍る。
夜更かしをしたり、安酒を飲んだりしてみるが、これはクセにしたくない。
遊びに行けば金がなくなる。

なまじっか、時間を好きなように使えるということが、結構辛かったりするのは
サラリーマン時代の名残りだろうか。
時間があるときに、必要に迫られていないことをすることには抵抗があって、
どうも落ち着かない。


そんな折、知人が雑誌をくれた。


少しは勉強しよう.jpg


『今月号はコメの特集なので、読んでおくといいよ。』

なんとも親切な方だ。
先週末に買っておいた食育や食品安全の本とあわせて読む事にした。


なかなか全てを読むには時間がかかりそうなので、今週は読書に重点を置くことに。
それ自体は何の稼ぎにもならないが、闇雲に作業をしていても自分の方向性が
定まらなくなってくる。


稲刈りが済むまでは【育てる事】、それ以降は【販売すること】ということだけに
意識が傾注していたようだ。というか、それでいっぱいの状態だった。

ふとした瞬間に、作業に対しての意気込みが抜けてそれに気づいたのだが、
だからといって、そのままだらけることは不本意である。
本能の赴くまま、ダラダラ眠ってみたり、ネット徘徊をしたり、ジャンクオーディオの
改造をしてみるも、その間中、葛藤が絶えない。

時間の使い方は、全て自分の裁量。何をしようと・・・。
でも、やりたいようにやった結果、落ち着かないのだから救われない奴だと思う。


そこで、ある程度自分で自分を縛る必要があるのだ。『今日は読書の日!』などと決めて。

これとて、会社にいた頃の自分は業務関連の本であっても一日中読める神経は持って
いなかった。この選択が下せるようになっただけでも進歩と考えるべきか・・・。


それで、本を読んで痛感したのは、

《農法、味、食の安全云々を語る前に、高校生くらいからの化学の勉強をし直すべし》

ということだった。

化学に依存した農業を~という話ではなく、生物が生長することや、調理すること、
肥料や薬剤を適正に用いること、また、売っている食べ物の安全を確認すること、
全てにおいて化学的な知識が必要になってくる。

生産して、人様に食べていただく以上、自分の行った作業の意味合いや、作物の
調理方法、また、安全な食生活についてしっかり説明できるようにならなくてはと
思う訳だ。

《農薬を使っていないから安全》

消費者だって知識は深まっていく。こんな説明では、じきに食べてもらえなくなるだろう。


将来、どんな百姓になりたいか、ベクトルが少し定まってきた気がする。
もっと勉強をしよう。


ところで、車でふらふらしていたらガンダ屋を見つけた。

農機の墓場.jpg

旧式の管理機やコンバインが寄り添って余生を過ごしている。
あまり、めっけものは無かったけれど、これから先も必要な機械はある。
時々覗いてみるようにしよう。

そういえば、コンバインのキーを紛失してしまったので、ここの機械から外しても
良いか今度聞いておかなければ。

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