千葉県で田舎暮らし・新規就農者のブログ-田舎日記の新規就農

千葉県で新規就農を果たした若者の新規就農の軌跡を、BLOGでお伝えしています。千葉県での新規就農を目指している若者の参考になれば幸いです。

新規就農者ブログ

2017年6月

サラダ麦?

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先週、麦を刈った。圃場の端に二畝ほどなので、手で刈っても大したことは無い。
以前、妻が南米ではサラダ用になる麦だと言っていた。

麦?サラダ?
そんな感じだったが、その時はなんとなくスルーした。

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あらためてど、うやってサラダにするのかと尋ねる。良く知らないと言う。
まあ、とりあえず外房の気候でもちゃんと育って収穫出来るのが確認出来たので
良しとしようか。

大した量では無いが、梅雨時なのであんまり濡らしたくなかった。
そこで、どこへ干したかと

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格納庫の梁に垂木を渡し、そこに引っ掛けてみる。
日光は当たらないが、まあそのうち乾燥するとは思っている。

草取りはお早めに

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谷津田の除草を頼まれた。現場へ行ってみると・・・。

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うーん・・・就農したばかりの頃を思い出すロケーションと雑草具合。
笑っちゃいけないのだが。これはもうどうしたものか。アルバイトで作業をするに
しても、時給を払ってもらうに値する仕事なのだろうか。
要するに手遅れレベルなのは間違い無いのだ。
 
いや、それでも仕事なのだから全うしなければなるまい。
出来る限りの事はしておこう。因みにこの除草機が余所でお金を稼ぐのは初。
 
20170624_160520.jpg
 
なんだか懐かしいなぁ。この雑草に除草機が弾き返される感じ。
日当たりの良くない山あいの田、蒸し暑く澱んだ空気に良く混ざる排気ガス、
分けつもろくに取れないままヒョロヒョロに伸びるイネ。
いや、懐かしいとは言っても、これだけ書いてみると良いところが無い。
そうだ、ここは大きなアブが襲ってこないだけマシではないか。うん。
 
 
コナギ地獄ゾーンは、縦横の除草を半ばで諦め、往復のみに。まだ収穫見通しの
ありそうな部分を重点的に行う。
 
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田んぼの均平が取れておらず、水深の浅いところはほぼ全てコナギに埋め尽くされ
ている。いくらそこをキレイにしようが、とんでもない勢いで再生される。
そこには未分解の有機物も多く、除草して水深が深くなることもないので、結局
コナギの発生・生育に適した条件なのに変化が無いためだ。
また、手遅れだと最初に述べた理由は、イネの生育ステージが最高分けつ期を過ぎ
上に伸び始めているからである。これ以降に除草をいくら繰り返そうとも、有効分けつ
は増えてくれない。

除草は植えたイネの品種にもよるが、早生で田植えから一カ月強
それ以外の品種で一カ月半以内にしっかり行うのが良いだろう。
作業が終わった後、依頼者へそんな話をしておいた。

ついでに、こういった田で少しでもまともな収量を得ようとするのなら、実は有機
栽培や無農薬に拘るとろくなことにならない。
冒頭の写真で草が出ていない個所を見てみても、イネの細さが際立っているのが
解るだろうか。ロケーションから考えるとどうしても農薬を使わずに・・・のような
想いが先に来るような場所だが、そもそも日が当たらないということは、光合成が
進まない。そして水温も低い、田面も乾きにくいと三拍子揃った悪条件である。
光が無ければ作物の生育も、有機物の分解も順調に進まないのは摂理。
更に風が滞るとくれば、病気や虫の害が追い打ちをかける格好になる。

こういった場所をそれでも耕作したいと思うのならば、化成肥料と農薬でゴリ押すか
さもなくば、田んぼの周囲はおろか山の斜面の木々まで手入れを行って日当たりと
風通しの改善を行うかの二択しかない。
 
これは、こういった田んぼでひたすら地獄を見続けてきた自分なりに達した結論。
悔しいが・中山間地や里山がどうして農業者から見放されるのかだけは、これから
農業や田舎暮らしをしたいという方には知っておいて貰いたい。


就農当初の自分のように、【谷津田で耕作をする】ということだけが目的だと、
どうしても考えが行き詰まりやすい。ただ耕作をしたいだけなのに、付随作業がひたすら
多くて、気持ちが打ちのめされるためである。
しかし、永続的な農耕のためには、生態保全や耕作基盤の維持、周辺環境の復元活動
なども必ず視野に入れる必要がある。田んぼでの農作業など、それらやるべきことの
中のほんの一部分程度だと構えておいたほうが、気が楽だ。

極論かもしれないが、中山間地農業を志し、実践するというのは、局所的な物質循環の
流れを滞らせることのないよう、自らがそのための潤滑油となり歯車となる事を厭わない
者にしか出来ないのかもしれない。
理屈から入ろうが、行っていたら結果的にだろうが、そんな気がしてならない。

草は出ないがイネは減る

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稲作を始めてから九年目。それまで、雑草に苦労し続けたが、今年はどうやら
その憎き雑草を抑え込むことに成功してしまったらしい。田植えをして一か月以上が
経過した現在でも、この田んぼにはほぼ雑草が発生していない。(もう一枚は順調に
発生が認められるが、全体の半分ほどは生えていないので半分成功)

オモダカ・クログワイ・そしてコナギ・・・アイツらは何処へ・・・。 
 
 
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写真は10日程前の様子。現在はそれなりに株が大きくなってきた。
だが、問題も無いわけではない。補植を繰り返しても、イネがいなくなるのである。
いつになく欠株が多くて困っている。

ここに至るまで、昨年よりも圧倒的に雨も少ないので深水管理も徹底出来ていない。
それでも株間を見れば一目瞭然。本当に未だに生えてこないのである。コートブラシや
チェーン除草器すら、一度も使用していない。ましてや、手取り除草なども一切せず。

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昨年、収穫直後にすぐ耕起をしたことも、冬場に深目に耕起して雑草の塊茎にダメージを
与えたことも、田植え一か月前に水を張って代かきを、都合三度(水不足だったため)
行ったことも良かったのかもしれない。とどめに、田植え数日後にモミ酢50リットルの
流し込み。同時に生ヌカの散布。ここまで徹底したら、どうにかなるものなのか。

反面、草の生えていない田んぼが気持ち悪くも感じる。やっぱり少しは雑草もいた方が
いいんじゃないかとも思う。

しかし、これが偶然なのかどうかは今後も継続確認が必要だとは思っている。

いつぞやのガンダ屋にて

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日中、就農以来お世話になっている知人(とは言え、親子ほど歳は離れている)の所へ、
ヌカや籾殻などの資財を回収しに行く。彼は、農業の旁、農機をはじめとする産業機械
類の整備や販売も手掛けているので、自分にとって諸々の相談がしやすい、とても
ありがたい方。

到着して暫く談笑をした後、ちょっと機械類の回収相談をしに行かないといけない
ので、私の軽トラを出してくれと言う。それも毎度の事。お世話になりっぱなしな
自分としては、些細な頼まれ事も嬉しいものだ。すぐに二人で先方宅へ。
彼の作業場から10分程度の近所へつくと、おばあさんがお出迎え。片付けて欲しいと
いう倉庫を案内される。中にあるものは、状態の良いコンプレッサーや高圧洗浄機、
外壁塗装用品一式など、今すぐでも使えそうな仕事道具の山。大きなスピーカー、
そしてだいぶ古いオフロードバイク。モトクロスで、昔は何度も優勝していて、
トロフィーも沢山あったとおばあさんは言う。

知人は、速やかに回収の相談を始め、おばあさんも段取りを一生懸命に考えている。
しかし、自分はモヤモヤした気持ちになって仕方がない。

『これなんかどうだろな、いけるかな?』

全くいつもの調子で機械を指差し、私にも見解を求めてくる彼。私は、その家から
してみれぱ見ず知らずの男なので、それに返答するのもだいぶはばかられる。そこで、
意を決し、

『恐れ入りますが、これらは遺品でしょうか?』

と、おばあさんに訊ねる。
おばあさんは特に間を置くこともなく、そうだと答える。表情に変化はなく、むしろ
私が最初に挨拶したときのほうが訝しそうだった。そして、所有者が生前何をなして
いたのかを簡単に淡々と話してくれた。

話ぶりから、悲しく思う気持ちは伝わってくる。けれども、現在は不用品の処分の
ほうへ意識が向いているのだろう。
オートバイを遺族が廃車するにはどうすれば良いかとか、そういった質問がこちらにも
来る。受け答えをしているうちに、何故かお互いに表情が柔和になっていた。

結局、以降少しずつ運び出すので不用品と要るものを、現在所有権のある遺族と
調整しておいてくださいという話になり、今日は確実に不要な木材やスピーカー、
自転車などを運んできた。

『この自転車、どこも悪くねえから直ぐ乗れっど。あんだ、あとこの掃除機も持ってけ。』

少しおばあさんに笑みが見える。そうですねーと笑いながら、それらを積み込んだ。

帰りの車の中で、どうだったかと尋ねられる。機械の云々ではなく、こういうケースを
どう思うかという質問だと、なんとなく察する。

『向こうもこちらもやりづらい気持ちはあるでしょうけど、そういう状況になると、
ご遺族は割りきるしかないんでしょうね。亡くなったご本人も、自分が死ぬなんて
あまり考えていなかった様子がよく分かりました。自分も少しはを死を意識して生活
したほうがいいかなとも思いました。』

そんなふうに答えた。

『あれな、いくらで回収すればいいと思う?』

正直、使えるものが多いとしても、それを直ぐに必要とする人がそんなにいるとは
思えない品物ばかりだ。しかし、自分ならば、ご遺族の気持ちには少しでも誠実な
対応がしたい。

『うーん、難しいな。』

暫く考え込むんでいると、10万出そうと思うと言う。普通の回収業者なら、半額以下で
全部かっさらうんじゃないかと言うと、その通りだと言う。死んだら何でも一山いくらに
しかならんのだと。でも、俺は10万出したいんだと。人の足下を見たくないんだと。
儲ける気もないが、10万出したら、なんとかトントンかそれ+アルファにしなければ
ならないと。

ああ、だから向こうも彼に依頼をするんだとよく理解出来た。身近にいた人の遺品は、
出きるだけ身近な人のところへ。そして真剣にそれを必要とする人を探してくれる、
もしくはそういった人の集うところへ。ご遺族にとっては、それが故人を弔う上で
大切な仕上げなのかもしれないなと感じた。

彼に言わせると、儲かる仕事、損する仕事、トントンの仕事。それらがセットでひとつの
仕事なのだそうな。選ばずにバランス良くしていれば、儲かりも潰れもしない。そして
続けてゆくだけのお金にも、仕事の依頼にも困ることはない。それでいいんだと。

もう、それだけで人の気持ちがなんたらと上っ面の話をする気にもならなかった。
農業を含めた彼の仕事に対する姿勢そのものが、あらゆる人の気持ちに向いている。
カッコいい人じゃないか。

彼は、今日も泥と機械油とスクラップにまみれながら、作業場を訪ねてくる人と明るく
談笑をしている。

稀有な御仁である。まだまだお元気でいて欲しいと切に思う。

これまで書かなかった実話

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先日、フェイスブックで三連続投稿した文章を、ブログに貼ってみよう。
就農開始以来の出来ごとを振り返ってみたら、想像以上に反応があったからである。
以下、少々の添削はあるものの、ほぼ原文まま。これまでブログに書けずにいたいた
事も多々。当ブログを全て読み返すような猛者がいれば、その時その時の記事の
補足程度にはなるかと思う。また、予備知識なしでもそれなりに面白いという声も
多く頂いた。それでは、写真ナシでいってみよう。


農繁期。体は、なんとか仕事をちゃんとこなせるレベルで推移。
しかし、ここのところ疲労も去ることながら、頭がどうしても休まらない。明日は心身
ともに徹底的に休むことにした。で、一日だけ実家に戻ることにして、帰省の電車に
揺られているところ。本を読んでいてふと思う。就農して九年目、ここまで何があった
かなと。
 

一年目
研修という名の実地ほったらかしを食らう。一町分の田んぼを好きなように管理せいと
言われる。師匠は、苗作りと代かきまではしっかり面倒を見てくれたが、その先で、
師匠の父が研修に執拗に絡んできておかしくなる。癇癪持ちでごうつくばりのじい様は、
自分に対して法外とも言える作業代行料金と、機械代などを要求してきた。田植えが
済んで、収穫の見通しの立った夏場になってから請求してくるあたり確信犯である。
そして、乾燥モミ摺りも、かなり使い倒された中古のモミスリ機を20万円で購入しな
ければやらせない等と脅す。その機械は、私の知り合いが師匠の家に無償譲渡したもの
だと後日判明。私は、その忌まわしい機械を、小見川の地を離れるまで、意地で使い
続けた。それを回す度に、じい様へ無意識に呪詛を込めていたのかもしれない。
じい様は、二年前に亡くなった。ごうつくばりな所以外はお互いに割と話も通じると
ころもあったが、無論葬式はスルーした。
結局、まだその地にネットワークの出来ていない私は、詐欺だと知りながら諸々の
請求を受け入れざるを得なかった。合計76万円。でないと、米を自力で販売してみると
いうところまでつなげられないからである。割と早い段階で、請求が来ることを察知
したので、むしりとられて逃げ帰るのだけは御免だと、夏に中古トラクターと中古
コンバインを購入。研修中にそんなものを購入する奴がどこにいるのかと。
 

二年目
前年の、苦すぎる経験が生かされたのか、稲作に最低限必要な設備が整う。
工事や機材代で、貯金が底をつく。しかも、野良仕事返上で工事を進めざるを得ず、
収穫は最低となる。この年は連続で40日以上雨が降らず、連日炎天下のもとでコンク
リートの削岩や砕石、土砂運びなどを繰り返して、草刈りの体力が辛うじて残る程度に
まで消耗。この年から、通い耕作グループの受け入れと指導を始める。
苦しい状況の中で、自分を訪ねてくれる友人知人の有り難さ、一緒に作業する仲間の
大切さを知る。
 

三年目
途中までは順調だった(気がする)。
しかし、信頼性の低いセコハン使いの心もとなさ故に集めてしまった農機の保管方法が
まずく、不動産屋に不信を抱かせてしまう。処理方法と土地の使い方を先方と協議の上、
不要品の処分を開始したそばから、何故か不動産屋と懇意の農家のおっさんから同件の
物言いがつく。
社長と話がついているはずの件でイチャモンをつけてくるのもおかしいと思いながら、
黙って聞いていると、イチャモンは罵詈雑言へとエスカレート。挙げ句、自分の両親や
友人たちの悪口にまで発展。二時間それに耐え続けたが、流石に我慢ならずキレて殴る。
アゴへ軽く一発、頭突き一発。来いよと言ったのは向こう。警察がなんたらとか言う
ので、自分で警察を呼んだ。
相手は示談にしなさいというお巡りさんの声を無視して被害届を提出。なのに翌日から
恐喝を繰り返す、目がおかしいから治療費を寄越せと実家にまで電話をかける頭の悪さ。
アホ故に何をしてくるか解らない怖さが後二ヶ月ほどつきまとう。その後、父も手助け
してくれ、相手の働いた行為が詐欺罪になるから刑事事件でという話で警察に動いて
もらえることになり、対立は落ち着く。こちらの行為は傷害事件として扱われているはず
だが、未だ書類送検されず。佐原警察で撮った写真と指紋はなんだったのだろう。

しかし、お前の親からも俺が死ぬまでふんだくってやると言った時のおっさんの顔は
忘れない。あれは本当にケダモンの顔だと、警察署での事情聴取の際に言ったら、事件の
時に駆けつけてきてくれたお巡りさんも笑っていた。あと、いや、それ思っても相手に
言ったらダメな部分だよねと、お互いツッコミどころが同じで談笑がしばらく続く。
なんだか少しだけ和やかな事情聴取だった気がする。

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