千葉県で田舎暮らし・新規就農者のブログ-田舎日記の新規就農

千葉県で新規就農を果たした若者の新規就農の軌跡を、BLOGでお伝えしています。千葉県での新規就農を目指している若者の参考になれば幸いです。

新規就農者ブログ

2016年11月

使えぬ区画

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サトイモや、キクイモの収穫が済んだ畑の残渣と雑草の整理をする。
このまままた軽く資材を散布、耕起して、次は何を植えるか・・・

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とは言え、ここは元々水田だった畑。湿気に強い作物しか植えられない。
しかも、植えられる面積は、圃場全体の半分弱。(使用可能なのは草刈りをした部分)
本来ならば、もうひとつの転換畑よろしく、排水改良を行わなければならないのだが・・・ 
少々厄介な問題が。
 
次の写真は、自作地の圃場と近所の方が所有する山の境界となる水路。 
 
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水路と圃場の落差はそれほど大きくない。排水を良くするには、まずこの水路に堆積した土を
掘って、水路の護岸を固め直した後に、畑から溝を掘るなり暗渠工事をするなどすれば良い。
だが、隣の山の方が、溝を掘ろうとすると嫌がる。掘ったら山が崩れるからと。
まあ確かに、急ではある。それでいい分も理解は出来る。だからといって、それを理由に
水路の手入れを怠るのもどうかと思う訳だ。
 
実は、この畑には暗渠もある。だが、致命的に水路との落差が足りず、殆ど機能していない。
現状の水路のまま、改善というのは、やりようで出来なくもないとは考えているが、その方法は
相当に無理があって工数もかかる。なので、当分の間は着手することが出来ないだろう。

片付けても、散らかる

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引き続き、格納庫の中に棚をこさえる。
出来たそばから、色々突っ込む。
そして・・・ 全然スペースが足りなくてがっかりする。
そして、完成当初は広々としていたはずの格納庫内は、どんどん圧迫感が増えてゆく。

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それなりに、使い勝手を考えてはいるつもりなのだが、きっちり詰めてしまうとどうもよろしくない。
まだまだ収納スペースを増やさないといけないので、中に資材を色々運び込んでいることもあり、
棚があっても無くても雑然としたままである。
そして、香取の作業場もそうだったのだが、自分が工事する作業場は、どうしても秘密基地的な
印象になってしまう。もう少しスマートにしたいのだが、そこにあるモノを徹底利用しつつ、
その都度に付け焼刃的な対処ばかりするからこうなってしまう。
 
とにかく、こうして考えると、自分は未だに引っ越しをしている最中であることを実感する。
ここに移り住んで十か月も経つが、収納・作業環境まで含めて充実してくるまでに、一年以上
かかってしまう事は必至。

本当なら、越してきて真っ先に整えなければならないのがこういった環境なのかもしれないが、
そればかりしていたら、一年間は農業が出来なくなってしまう。従って、同時に少しずつ進める
他に手が無い。その間に、ダメにしてしまった道具もかなりの数になってきた。
それらを処分するのが、これまた酷く悲しい。その悲しさが、これらの作業を進める原動力で
ある。いつもいつも必要に迫られて対処するばかりで、計画もクソも無いのである。

実現する・しないに関わらず、まともな計画が立てられるという事も大切だなと、近頃はつくづく
感じるようになった。後手後手で生きるのは、そろそろ卒業しよう

モチのシーズンが始まりました

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寒くなってきたと言えば、そう、言わずもがなのモチづくり。
この玄米モチも、今年で6年目に突入。単独耕作時代、自分の経営を辛うじて黒字へと
変えてくれた救世主的商品である。昨日に50枚弱製造。本日完売。売価は¥1200/kg

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モチだけの写真ではどうも何だか面白くなかったので、【農園タロとあき】のチラシも添えて撮影。
記載内容から考えて、ここは野菜や花も添えておかなければならなかったかと撮影後に後悔。
気になる方は、フェイスブックで【農園タロとあき】を調べてみてください。野菜やお花を色々と
見る事ができます。チラシにもそう書いてあります。
で、自分自身は、SNSを仕事であまり活用するほうではないので、そちらの【タロとあき】では、
事実上妻がPRを担っている。まあ、ごく稀に自分で更新することもあるのだが、ままなんと
いうか、自分のスタイルとか考え方にSNSはあんまり合っていないので気が乗らない。
どうして合わないのかは、三年前の記事に書いてある。当時はブログもほぼ更新しなかったが。
 
http://agri.inaka-nikki.net/shinkisyuunou/post-594.php


そもそも、SNSで注目されても自分としては、あんまり嬉しくない。だから目立つ努力をしない。
それに濃い内容を発信しづらいし、あんまりそういうのも歓迎されないだろう。発信したい
事柄のつまみ食いをされるのも嫌だ。だとすると。〇〇が採れました。キレイ~。みたいな
ことしか伝えられなくなる。いや、そんな文章、誰でも書けるじゃないか。面白くない。
商売上は、SNSが非常に役に立ったとしても、モノを売るのなら、やっぱりプロセスも伝えな
ければなるまい。という訳で、今年になってブログ復帰をした訳である。

いや、どうしてSNSの嫌味の話になるのか。モチに話を戻さなければ。

今年は、田んぼが変わってしまったため、モチの出来もどうなるかと心配もあったものの、以前と
さほど変わらないようで何より。毎シーズン、チマチマと製法に改良を加え、少しずつ進化して
きた玄米モチ。昨シーズンの後半からは、仕込み(米の浸漬)中から、蒸かすお湯にまで、若い
マダケの筒を入れるようになる。そのほうが、どうも風味が良いと感じるからだ。また、モチつき器
の内側に断熱材を貼り、機械の動作中は蓋からの熱気が出てゆきにくくなるようにタオルケット
を被せてやるなど、加工時の余熱にまで配慮をするようになった。水切りは、日陰で3~4時間。
仕込みに五日間費やすのは相変わらず。

製法に凝れば凝るほど当然ながら工程は増えてゆく。そして木の伐倒と玉切り、薪割りと
カマド蒸かしが加わる。どれだけ時代に逆行するのか知らないが、それでもモチは好評である。
こうなったら、行けるところまで行ってやろうではないか。

インチキカマド一号

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スマホだと、日没直前の写真がどうにも取りづらい。今日のコレもそう。
そもそも、一体何の写真なのかすら説明しなければ解らなそうそうなのに。
そろそろ、コンデジ撮影に戻そうかと思うが、どうもカメラを作業中に持ち歩くのが不便というか。
 
まあいいか、タイトルで既にバレていることだし。
これは、コンクリートブロックでテキトーに組んだカマド。
10日ほど前の試作を皮切りに、明日から、いよいよ今シーズンのモチづくりを本格的に開始
することになったのだ。しかし、家で作業するのはどうにも勝手があまり良くない。(家の主的に)
そこで、生産場所を作業場に切り替えることにした訳だ。

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だが、そうするとカマドを用意しなければならない。
仕方がないので、工事用にストックしてあったコンクリートブロック(知人の豚舎を解体する際に
出た廃材)を組み合わせてそれらしくした。まったく、泥縄も甚だしい。
お察しの通り隙間だらけ。だが、セメントで繋ぎ合わせる気も全くない。所詮はコンクリート
ブロック。少し使ったらどんどん割れたり崩れたりするに決まっている。とりあえず、この
インチキカマドで凌ぎつつ、ノウハウを蓄え、そのうち耐火レンガでしっかりしたものを・・・。
現状確保してある少々の耐火レンガも、家の五右衛門風呂を解体した際に出た廃品なので、
仕上げの保障はない。とにかくそれで足りなかった分だけ購入すればいいか。
 
というか、業務用のガスコンロを持っているのだから、ボンベ借りてきて作れば良いじゃないか
という葛藤が実は常にある。しかし、山の木は管理せねば・・・有効活用せねば・・・。
まあ、晴天時はカマド、雨天時はコンロという折衷策でいくことにしよう。

それにしても、将来的に本格的なカマドを作るとしたら、どこに設置するのが良いだろうか。
場所が決まらなければ、カマドの工事は出来ないが、現状では、イマイチ思い浮かばない。
現在のカマドは、飽く迄も暫定配置。バラすことが前提だからこれで良いけれども、本気で
何かをこさえるのなら、作業環境全体を将来的にどうしたいのか、具体的なイメージが必要に
なってきた。闇雲に色々やるのはもう嫌なのである。

勝手にトマト、冬に至る

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なんというか、11月に雪が降ろうとは。
こちらは、殆ど雨だたが、今朝はしばらくの間、雪がチラついていた。寒さはもう真冬のそれ。
夏作物の後片付けでさえ、まだ終わっていないというのに。
 
で、タイトルのトマト。生育は鈍ったとは言え、そろそろどうなるんだろうかという所に来た。
そこで、数日ぶりに見に行って写真を撮る。

※ これは今年五月頃に、勝手に圃場に生えてきたミニトマト。品種はアイコあたりだろうか。
かなり過酷な環境で育っていたため、七月に植え替えを実施。以降、私のテキトーな栽培
実験にお付き合いして頂いている。

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流石に、一晩でしなびて枯れはじめるほどどヤワではないようだ。
十月の終わり頃から、葉に斑点病が広がったが、気温の低下により最近は小康状態。
ただ、ここの所はかなり雨が多いため、発症そのものは止まっていない。
くん炭による地温上昇策が効いているのか、頂部からは少しずつ新芽が出ているし
花も実もつく。色もゆっくり入ってゆく。雨ばかりなので、果実の割れも多くなっているのが惜しい。
味は、昼夜の温度差もクソも無く寒くなっている時期故か、特別甘くもないが、青臭さも無い。
清涼感はあまりないが、舌に残る緻密なコクのようなものが強い。皮は考えられないほどに
分厚く、食感は瓜のようなガリガリさ。それでもトマトと認識できる味ではある。
まあ、来月初旬まで、一粒でも色の入る実があれば、実験は成功と判断して良いだろうか。
以降は、枯れるまでひたすら観察を続けることにしよう。
 
と、実験はこの株だけではない。
本株の生育中に摘み取った脇芽を、どんどん隣に挿してゆき、生育を観察していた。

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こちらは、株元へ炭を撒いてはあるものの、横に伸ばした茎を埋めこんで、更にヌカをまぶして
発熱・・・というところまではしていない。別段枯れるでもないが、実に色は入ってこないし、
生育そのものも活着した当初から緩慢。例外なく同じように罹病。
樹勢が弱いのは、単純に定植/活着時期が8月下旬~9月上旬にかけてだった事が大きい。
まあ、謎栽培の比較検証用に植えたものなので、生育そのものは最初から期待していない。

秀品率が低いので

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だいぶ、ニンジンの収穫も進み、空きの目立つベッドも増えてきた。
そろそろ次作に備えなければと、少しだけ残っていたニンジンを収穫してくる。
直ぐに洗って、選別するのもだいぶ慣れてきた。 

で、選別するということは、ハネになる品物も当然ある訳で。少なくても1/4、多い時は、半分か
それ以上までがハネモノになってしまう。

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ニンジンなど根菜の場合、割れ・又割れ・虫食い・肩の着色・寸詰まりなどで弾かれる事が多い。
このコンテナのなかにあるのがそれら諸々の一部。
ただでさえ農薬を使わないのだから、秀品率が低いのは当たり前と言えばそうかもしれない。
但し、それは当事者以外からの見解。こちらは出荷の出来ないものばかり育てていて経営が
成立する訳もない。農法云々でなく、栽培者なら秀品率を上げる努力が不可避なのだ。
 
それでも、ハネモノが無くなることはない。それはそれで、その場でトラクタでうなうとか、堆肥化
させたりして土に還すという以外にも、何か対応方法を考えなくては。
 
と、言う訳で、とりあえず当方の野菜を購入してくれている、若しくは購入実績のある飲食店の
シェフさん数人に尋ねたところ、『スープやソースなどに使えるので、ハネ出しでも購入歓迎。』
という見解の方が多かった、というか殆どだったと言うか。野菜の見た目と関係ないものに
加工して使用するものなら、向こうにとって、安くて食味は秀品と同等の野菜はそれなりに
魅力のあるものに映るようだ。かと言って、ハネ出しを通年安定供給するということは恐らく
出来ないというか無理がある事も相手には承知しておいて頂かねばならないのではあるが。

また、出すにしてもハネたものならなんでも良いと言う訳にはいかない。食味に問題がなく、
使用できる部位が多く、また不具合部分の切除など、使用に際しての手間がなるべく少なく
なるよう、比較的使いやすいものだけを選別して供給しなければならない。
そこらへんは、今後どのレベルまでが許容なのかをお客様と個別に話し合いながら、良い
落としどころとを探ってゆこうと思っている。
 
それと、普段から自分で調理するようなものは、ハネた野菜で充分。むしろ、自分も何か
それを使って面白い加工方法を見つけたい。とりあえず、ハネ野菜でラーメンの汁でも研究して
みようかと思う。それで良い出汁が作り出せれば、こんな使い方もありますよ的な提案が
出来るようになるし。

商品にならんと、作物を弾いて捨てることは簡単だし、それがあってこそしっかりとしたブランド
イメージを確率、もしくは保持することが出来るという、一般的な農産物の考え方については
自分も何ら異論はない。
ただ、一度はハネた作物の利用方法まで含めて、お客様に提案・また相談が出来る生産者と
いうのも、ある意味良いブランドを確立することが出来るのではないだろうか?

『うちにあるのは、こーんなに見た目がキレイで、食味も良いんですよ。』

という、通り一遍の売り文句だけだったら、消費者にあるのは、それを買う・買わないの二択
だけである。そこで、更に何らかの利があるかもしれないと思わせる選択肢を上乗せするのだ。

『けどね・・・実は奥に他にもありまして・・・ちょっとお客さん、見に来てくれませんか?』

とか言われたら、自分はドキドキしながら見に行ってしまうけどなぁ。

日没前の土づくり

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珍しく、予定より早く作業が終わってしまう。段取りが良かったのか、作業速度が速かったのか
それとも雑だったのか、妻の手伝いを早く離脱しすぎたのか。理由は判然としない。
ともかく、時間が空いてしまったのだ。日没まで、残すところ一時間あまり。
 
よし、畑を増やそう。

ちょっとだけだけど。 ちょっととは言え、30~40坪くらいはあるだろうか。
 
と、言う訳で、作業場の整理が少し進んだことによって、屋外に保管してあった物品を移動
させた跡地を耕起することにした。無論、ただ耕しただけでは芸が無いというか、畑としては
なかなか使えない。なので、同時に資材も施しておこう。

 
ここが畑にしたい場所。写真右側は軽トラやトラクタなどの導線となるため、今回は何もしない。
 
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とりあえず、草をどうにかしよう。
 
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ナイロンコードで、とっとと粉砕。流石に急ぐので、42ccの鬼刈払機を使用。
その後、背負い動噴で、モミ酢40倍希釈液を20リットル散布。
モミ酢の土壌混和と、後に施す資材の添加により、転換早期から微生物活性の向上を狙おう。
 
 
次は色々と資材散布。
 
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詳細は以下

・モミガラ     モミガラ袋三袋 (原価タダ)
・モミガラ燻炭  三十キロの米袋二袋半 (原価タダ) 
・発酵鶏糞    肥料袋一袋 (一袋50円、養鶏場渡し)
・米ヌカ      三十キロの米袋一袋 (市販品だと300~500円程度)

配分はテキトー。最初なので、チッソ量だけは、ある程度のレベル(多からず少なからず)を
投入するよう一応配慮。いずれもなるべく土全体を覆うよう万遍なく散らす。
ところで、これら資材、自分がモミガラをベースに堆肥を作るときに使う資材そのものである。
わざわざ堆肥を作るのは面倒だから、土の中で似たようになればいいじゃないかというような
感じ。ただ、もう寒くて地温も上がらない。なので、堆肥が工面出来るのなら、それを投入する
ほうがこの時期だと無難かなとも思う。

どうにかまとまった時間が出来たようなので、この日中はずっと作業場の棚をこさえていた。
なにしろ、この格納庫、出来上がるどころか着工前から、引っ越しで運んで着たモノが入り
切らないのが目に見えていたほどだ。故に、極力上方向のスペースを有効利用するように
考えざるを得ない。

棚用の木材は、昨年に解体した小屋の部材を切り出して再利用。無論、あまりキレイでない。
更に保管中に水がかかったり、カビたりしていて、こちらへ運んできた際よりも、一段と汚れが
酷くなっている。

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材料がありあわせだったら、造作も現物合わせのみ。時々、切り落とした木端に、ざっくりと
寸法の計算を走り書きしたりする程度で設計もクソもない。使う道具は、直定規・アルミレベル・
丸ノコ・鉛筆・あとはインパクト。そんな事だから、あまり精度も見た目も良くない。それに、完成
した直後から、異様に使い込んだ雰囲気を放つものが出来上がってしまう。それでも強度は、
それなりにあるようだ。片持ちのという棚ながら、上を歩き回ってもどうやら問題ない。

そうそう、柱無しの片持ち構造にした理由は、地上部分の空間確保もさることながら、一番の
理由は、この地面。

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土の上に砕石。これを土間と呼ぶのすら厚かましいような状態。生コンを流し込んでフラットな
床にしておかなければなるまい。
 
で、棚そのものは出来上がったそばから、モチづくりセットやら、デッドストックの農機やら、
空の米袋やら、作業場の内外に点在していたものを、目につくそばから載せた結果、あっと
言う間にいっぱいに。割とあると思った棚の面積も、二段合わせてコンパネ二枚弱。
まだまだ、整理しなければならないモノは沢山ある。この三倍・いや四倍の棚を用意しなければ
ならないと考えると、不安になってくる。こんなテキトーで醜悪な棚を更に作らなければならない
とか嫌過ぎる。次回はもう少しまともな構造にしよう。それと、格納庫にモノを突っ込めば突っ
込むほどに震災による物品の落下や火災時の心配が増えてゆく。総木造に加え、燃料の
入った機械類の数々となると、消火器も3~4本は用意しておいたほうが良いだろうか。
仮に、このまま更に造作を続けてゆき、限界ギリギリまで空間を利用し尽くすことが出来たと
しても、キレイに収まったと悦に浸る事など出来ないだろう。それはそれで、危険が増えるのに
違いはないのだから。
 
こちらも色々と事情はあるけれど、欲を言うのなら建物そのものは空間に余裕がある作りが良い。
特に安全面という観点から。

それでも人によっては、いくら空間や収納場所があっても、あっただけ散らかしてしまう場合も。
そうなると、やっぱり危険が増えることに変わりはなくなる。

故に、建物の大小にかかわらず、常に整理整頓に気を付けるべしという、ごくごく当たり前の
結論に。そうだよなぁ・・・ここが燃えたら全財産が燃えてしまうどころか、何一つ仕事が出来なく
なってしまうのだから。

これ、仕事なの?

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昨日から、玄米モチの仕込みを始めた。週末にお客さん達が来るので、その際に振る舞いを
兼ねて今年の出来を確認しておこうという訳だ。
 
それで、モチを作るには、薪が要るので午前中は薪割り。丸太そのものは、昨年に切り倒した
スギやらヒノキやら。使い道も無く、そのままゴロゴロ圃場の周辺に転がしてあったもの。しかし
半年以上、薪割りをしていなかったので、どうも調子が出ない。丸太も節くれが多く、一発で
気持ち良く割れてはくれない。
 
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仕方が無いのでチェンソーを出してきて、短めに切り直してから割る。
最初からこうすれば良かったのだ。
 
それにしても、久々だという事なのもあるが、仕事でマキを割らなければならないというのは、
どうも自分でも違和感があるというか。別に嫌いな作業でもないのだけれど。
モチの価格そのものも、製造に際してこの薪割りとカマドで蒸かすという作業が追加されたため、
今年より止む無く値上げとなったのだが、この作業を商品価格に転嫁して、お客様は喜ぶの
だろうかとか色々考えてしまう。・・・だが、現状では、カマドで蒸かすしかない訳だし、それなりに
正当性はある・・・うーん。なんというか、現代では、薪割りを生活の一部とする人は一般的で
ない。、ゆとりのあるロハスな人々の崇高な趣味と捉えられているような感じすらする。
でも、そんな余裕、自分にある訳ない。なんだかなぁ、作業中にそいういう事を考え始めると

『うっせぇな、こっちゃ趣味でやってんじゃねんだよ。こんな作業よぉ。みんな何か勘違いして
ねぇか?こんなんで金稼げる訳ねえだろ。実際稼げてねえし。』

みたいな、やり場の無い上に自虐めいてもいる気持ちが、頭に付き纏ってくるのだ。
それを違和感で片付けて良いものなのか、単なる愚痴なのかと。休憩しながら考えてみる。


ああ・・・、理解した。自分の薪割りのイメージが随分と歪んでいたようだ。
断じて、自分の生活はロハス(消費される言語という意味でのロハス)でファッショナブルな
ものなんぞではない。ただただ、状況に迫られて、過酷で非効率な作業を行っているだけだ。
うん、自分で割った薪をストーブに放り込んで暖を取るのが贅沢な訳がない。カマドで煮炊きを
するのが高級料理の筈がない。それで合っているし、これから先も、そうであって構わない。

本来の意味でのロハスな生活はしているかもしれないけれど、それは田舎生活を、農作業を
消費の対象として捉えている方々とは根本的にスタンスが異なるのである。
 
家には山がある。当然、山の木は適宜管理しなければならない。しかし、手入れしたところで、
切った木の使い道がなかったらどうなるか。それは、働き損だ。山林の管理が単なるタダ働き
でしかなかったら、そのうち手入れなどしなくなるに決まっている。そうなれば、次世代に禍根を
残すことになる。農地を、山林を、将来に繋いでゆくために、木を切ってモチをこさえる。五右衛
門風呂を沸かす。自分にとっては、そんな考え方のほうが、極めてスンナリ受け容れられる。
  

そんな訳で、傍から消費的な目で農村生活を捉えられるなんて事はあんまり歓迎出来ない。
自分にしてみたら、それがいい生活だなんて都市住民に言われたところで、正直余計なお世話
である。もしも、それに飽きたところで、定年も無いどころか、もはや死ぬまで止められない。
 
という、こういう生活に憧れを持つ方々の夢も希望も打ち砕きかねない過酷な結論に至るので
あった。田舎生活バンザーイと言い放ち、崖から飛び降りる覚悟のある方は、どうぞ真似をして欲しい。

おかたづけ月間

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作業場は、建物こそ出来上がったものの、内部はモロに土剥き出しの土間。そして、作業台の
上は、工事が終わった時のまま、二ヶ月近く道具やらビスやらでゴチャゴチャ。そのまま農業
機械やら農具類・工具・車やら単車やら無造作に突っ込んであるのだが、どうにも使いづらくて
かなわない。本当は、ここから更に色々収納できる棚も作りたいし、中二階もこさえて仮眠台や
機械類の保管場所として使いたいのだが、なかなか着手出来ずにいる。

とにかく、現状では何一つまともな作業が出来ないので、片付け始める。棚をこさえたかったら
工作が出来るように、機械整備がしたかったら、充分なスペースを確保できるようにしておか
ないと、この先はどうしようも無い。

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散乱しつつある道具類を立てかけて保管したり、吊るしたり出来るように壁側の柱にビスを打ち
片っ端から農機具を壁側へ。そして作業台及びその周辺を整理。そそれだけで、半日が終わって
しまう。片付けは、一度始めると夢中で出来るのだが、いかんせん本気で散らかっているため
全然捗った気がしない。そして、整理が終わっても、実は表に、未だ引っ越しの際に持ってきた
ままの道具やら部品やらがブルーシートをかけられたままになっている。それらを含めて
この空間内にきっちり収めて初めて引っ越しが完了したとも言える。

なんというか、この建屋の外はブルーシートだらけで、被災地のような感じ。屋外保管が長ければ
長いほど、モノはどんどん痛んでゆく。収穫やら農作業やら、これから先は持ち作りで忙しい
ばかりになる気もするが、それでもこれだけは早い所なんとかしてしまいたい。

冬になる前までにね

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やろう・・・やろう・・・と思いつつ、ずっと延び延びになっていた、刈り残したモチ米の稲刈り。
ようやく、本日終了した。九月には泥濘だった部分ではあるが、田面は一応歩ける程度にまで
は乾いていた。

稲刈りと言えば、無論手刈り。午前中に刈り取ったものを軽トラに積んで作業場まで運び、
そのまま脱穀。手刈りは面倒だなぁと、朝に一瞬思ったものの、作業自体は苦でもなんでも
無かった。というか、香取時代の手刈りに比べたら、鼻歌まじりに作業できてしまう程度のもの。
なんというか、過酷なことを経験しまくっておくのも悪くはないなと思う。モチベーションが
ちょっとやそっとの事で下がる事も無くなることだし。
 
コンバインで、ここの稲刈りをしたのは、九月の中旬。そこから実に二ヶ月近くも空いた訳だが
イネは倒れるでもなく、穂が沢山折れる訳でもなく、ただしれーっとしたままそこに生えていて
くれた。

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流石に、最初の穂は色が抜け、茎も葉も枯れ上がっているが、二番穂のほうが順調に成長。
調子が良いものだと、写真のように一番穂に近い位までの高さになり、モミにもちゃんと中身が
詰まってきている。そして青々とした葉。木枯らしが吹く寸前の色とは思えないほどにまだまだ
元気。度重なる台風に耐え続け、晩秋までこの姿を保っているということは、この上なく強健な
生育をしてくれたと解釈するのが良さそうだ。ここまで耐えるのを知っていたら、一か月以上
コンバインによる稲刈りを遅らせたかもしれない。だって、そのほうが未熟モミが減るわ、乾燥が
楽になるわ、出来の良い二番穂まで収穫が出来ると良い事づくめではないか。
だが、実際それをやろうとすると今度はスズメによる食害や、食味への影響などまた別の懸案
材料が出てきてしまうのだろうけれども。

モミガラの友

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この手の写真を撮るのは何度目になることだろうか。
今年になって更新を再開してから、最早日課のようなものの如くである。
  
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モミガラを取りに行くと、様々な人に出くわす。移住してきて稲作を営んでいる初老の紳士、
昨年に仕事を畳み、自宅周辺の所有地を肥やそうと頑張っているおじさん、今日は、週末で
こちらに通ってきてはバラの庭園をこさえている老夫婦。
みなさん、色々な余生をすごしていらっしゃる。
そんな方々に、こちらも割とお世話になることが増えてきた。今日は、そこで良く会う元魚屋さん
に茸農家さんを紹介していただいた。今後は、そこからも廃菌床を持ってくることが出来る
ようになった。みなさん、無料で手に入る資材を良くご存じなのだなと感心する。
 
元魚屋さんのお庭を覗かせてもらったら、モミガラと廃菌床、そして燻炭だけで土づくりを
していて、かなりの成果が出始めていた。そして、奥さんに渡してあげなさいと、いっぱいの菊を
持たせてくれた。良い土だと褒めたら、自分のしている土づくりが間違っていなくて良かったと
喜んでいた。モミガラと廃菌床をひたすら集め続けることに対して、ご近所から、だいぶ変わり
者扱いを受けていたのだそうだ。すごく気持ちが解る。それでも、最近はそのお庭の花や野菜の
出来栄えから、周囲の見る目も変わってきたそうだ。
一体、いつから土づくりを始めたのかと尋ねたら、八年前からだという。自分が脱サラをした
頃から、全て人力でチマチマと改良をして、ようやく成果が出始めたと考えると、こちらの土が
出来上がってくるのはまだまだ先の話になりそうだ。そして、自分はそこまで真面目に香取で
土づくりをしてきただろうかとも感じてしまう。
八年間は長いような気もするけれど、もどかしがるでもなく日々を積み重ねてゆくうち、気付い
たら経過していたというような年数でしかない。その積み重ねが面白いと思えるようになって
いるからこそ、そう思えるのかもしれない。

日々、作業には事欠かず、いくらやっても終わりがないどころか、毎日思うほどには捗らない。
それでも、慌てたり、急いだりしたりすることは稀。その機会があっても、必要以上にせかせか
したりはしない。いつから、時が流れてゆくことに対して寛容になってきたのかは判然としないが
無駄にも生きていないし、無駄な仕事もしていないし、どうせ死ぬまでやってもやり切らないし。
そんなことを感じる度に、少しずつそうなっていったのではないかと思う。
それは勿論、それなりに目いっぱい仕事をしているはずなのだが、月に一度休日があるか
ないかといった状況においても、あんまり無理をしているような気もしない。疲れていることも
多いのだが、それに見合っただけ睡眠もとれている。食べ物も悪くない。なので、あんまり
深く悩むこともない。

なんだろうか、この仕事は大変だと自分は思っているかもしれないけれど、実はこんな感覚と
いうのは、モミガラの山で出会う方々と似通っている部分があるのかもしれない。

バリバリやっているけれども、気分的には隠居暮らしの趣味人と同様。これはある意味
理想的だ。それを目指してゆこうじゃないか。

休耕地から思うこと

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『隣町(家から20Km強離れた場所)に、知人が持て余している休耕地があるので、タダでも
良いから借りてくれる人はいないかと言われたのだが、どうだろうか?』

先日、婿入り先のお義父さまから、そんな相談をされる。 
いや、現状の我々の能力では、近所の休耕地どころか畑ですら請け負えるかどうかというレベル。
ましてや、離れた場所など、とてもではない。素直に話せば、

『そりゃそうだよなぁ。』

としかならない。若い夫婦が農業をしていると見るや、やってくれという話は何処からでも
集まってくる。

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休耕地ねぇ・・・とりあえず、自作地に隣接する写真のような所をどうにかしたい。こういった
空間が増えると、イノシシの被害が増える。だが、自分の土地ではないので、手をこまねいて
見る他に無し。なにしろ、これからまた新たにこれを開墾してまで借りるかといったら、それは
出来ないというか、現状で手を出すと簡単に首が締まるのを知っているからやりたくない。

当ブログの過去の記事をよくよく読んでみれば、私が休耕地や、条件不利地、いい加減な管理を
された挙句にうっちゃられた田んぼらしき沼、草木に埋もれた農道や法面など、どんな土地を
どれだけ苦労して、時には傍目からだと意味不明な技まで編み出して管理してきたかを知る
ことが出来るのだが、その中で培ったスキルを持ち合わせていたとしても、やはり休耕地を
ボランティア+α程度で管理するという気にはならないものだ。なにしろ、徒労感が尋常で
ないのだ。
 
それは、地権者も困ってはいることも察する。特に近頃は、あからさまな耕作放棄(要はヤブ)
状態で圃場を何年か放置すると、その圃場の固定資産税を上げる自治体も出始めた。
だから冒頭のような話が持ち込まれる事が増えてくるのである。だが、それはそれとして、
そもそも、農地とは何なのかという所から考えてみよう。

まず根本的な考え方として、国の食糧政策および国民の胃袋を担うという重要な意味がある。
人畜をはじめ、さまざまな命を担保している土地である。そこで、大前提としては

【人の営みが続く限り、農地は半永久的に農地であるべきもの】

であって然り。永続的に管理出来る者に対し、所有・貸借・耕作する権利が付与される。
土地なので、不動産だという考えの方々も大勢おり、現在は寧ろその考えのほうが支配的で
あったりもするのだが、私有財産という価値観は後年になって、結果的に付随してきたものに過ぎない。
大原則と照らしてみて、その理由はどうであれ農地を荒らすのなら、それは農政に対する背信
行為とも見られかねない。その上での固定資産税率アップである。この措置は、当り前と言えば
当たり前。遠回しに、

『管理できないのなら、有効利用する方法を模索するなり、手放すなり、何か対応をしなさい。』
 
と言っているようなものだ。
しかし、農業の衰退ぶりは、普通に考えて個人で対応可能なレベルをとうに超えてしまっている。
その上で、誰でも良いから借りて耕作してくれ、買ってくれと他にすがるしかない、所有者の
現状があったりする。

農政も、なにもしていない訳ではない。むしろ真剣に取り組んでいる。しかし、それらの取り組みを
上回る勢いで休耕地は増えている。そして、これは個人的な印象になので申し訳ないが、随分
前から農政と政治そのものの足並みが壊滅的に揃っていない気がする。これ以上具体的な
言及は、この場では避けさせてもらうが。
とにかく、政治/農政主体で取り組むという姿勢を強化すればするほど、諸施策への血税投入
は増えてゆく。これは、結果的にゴリ押しでなんとかある程度の効果が得られたとしても、
それにより最も恩恵を受けるのは荒らした地権者となる可能性が高くなるという問題が出てくる。
もしも、荒らした者勝ちという仕組みになってしまうようならば、税の使い方としては公正さを
大いに欠くものであることは言うまでもない。
故に、上からの仕組みづくりに過度な期待や依存をするべきではなく、理想的には現場の農業者
及び地権者・自治体/県の農政、そして国の機関が一丸となって取り組まなければならない。
各々が、それを認識する。つまり、ある意味農業は既に破綻してしまっているということを認識
する段階を経て、休耕地問題ははじめて前進してゆくのではないかと自分は考える。

目下、国がTPPで強い農業をなどと言うのなら、まず休耕地問題を更に突っ込んで考えてくれと
言いたい。既に、農地中間管理機構があるにはあるのだが、例えば本気で集約型農業を徹底
させて、国際的なコスト競争力をつけると言うのなら、管理能力を失った元耕作者から農地を
接収し、国主導で区画整理を行った上で、次世代の農業者へ再分配するなど、超法規的な
ところまで突っ込んだ案などが出てきても良いだろう。

今、自民党が農協潰しに躍起になっている報道などを実際の農業現場で見聞きしていても、
この先、政治がどのように農業に絡んでくるか、あまり信用できたものでではないなという
気持ちばかりが募ってくる。それは、なんというか、あちらは農業の話をしているはずなのに、
農業者として疎外感を覚えるような不思議な感じでもある。多分、それは自分が就農してから
暫くの間、農業とも呼べないような、最底の部類であろう現場に身を置いていたこともある
からだとは思うのだが・・・それでも信じられるものなら信じたい。
それと、末端の農政関係者には、これまで本当に良くしてもらってきたので、大っぴらに
このような記事を書くのも少々はばかられるという事もある。もし読まれた方がいらっしゃったら
どうか気を悪くしないで欲しい。自分なりの問題意識があるからこそ敢えて書いているので。


閑話休題、これ以上、先行きを不透明にする要素が増えてゆくようでは、いくら政治や農政
主導で頑張ろうとも担い手が増えることはおろか、従事者の数が維持される事もなさそうだ。
そうだな、普通に働きたいというだけならば、四年後までは、農業なんぞに関わるより、首都
近辺の建築現場などで汗を流していた方が良い稼ぎになるだろうし、将来に対してもも前向きに
生きられるだろう。
 
それでも、文字通り、【地に足つけて】やってゆかなければいけない仕事なのだが、皆、それを
忘れてしまっていないだろうか。というか、最早それをしっかり教わっている人間が少数派
なのかもしれない。そう、土になんて触れずに生きていられる人のほうが多い時代なのである。
耕作放棄をしている、その地権者が土に触れないで生きている側だったりする事もあるのだから。

葉物の収穫の終わった畝を、ナイロンコードの刈払機で整理して欲しいと妻に頼まれた。
収穫残渣を雑草と一緒に粉砕しておけば、その後に管理機を通す作業が楽になる(ロータリー
に草が絡みづらくなる)上に、残渣の分解も早くなる。また、更にそこへ施肥をする場合、資材と
残渣の混合具合も万遍なくなる。なので、収穫跡をいきなりロータリー耕するのではなく、場合に
よっては残渣を粉砕するという一手間があった方が良い。同様の理由で、緑肥作物の粉砕を
することもある。いずれにせよ、あまり固くない植物に限って通用する方法ではあるが。

ところで、何故にナイロンコードを使用しているのだろうか。

答えは単純。一畝や二畝程度なら、モア―を出動させるまでも無く、それが最も手っ取り早く、
段取りの煩雑さも無く、作業時間も短くなる。要するに設備面でも作業面でもコストが安いから。
ナイロンコードの飛散物が気になるという方は、こんな飛び道具でなく正攻法で行ってください。

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農業体系が少量多品目栽培ならば、別に仰々しい大掛かりな機械が無くても、コレで充分。
就農してこのかた八年間、頻繁にこの方法を行ってきているが、それにしても、どうも一般的で
ない手法のようだ。実に合理的なこの方法が、どうしてもっと普及しないものかと。

そう言えば、妻も最初はモア―が欲しい欲しいと言っていた。しかし、最近は何も言わない。
それどころか、ナイロンかけといてときたもんだ。刈幅1mのちゃんとしたハンマーナイフモアも
常に出動できる状態にあるのだが、あれを最後に使ったのはいつだったろう、7月か八月
だったか。あんまり出番が無いのも困ると言えば困るのだが。
 
 
この程度の背丈の低い雑草ならば、少々密集していたり茎が固かったりしても、特に問題ない。
しかし、排気量の小さな機種だと、厳しいかもしれない。出来るなら30cc以上の機種が良い。
その理由もついでなので以下に説明しておこう。

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一般的に、ナイロンコードを使用する場合、刈払機は排気量26cc以上のものが推奨される。
要するに、それよりも小排気量の機種の場合、カッターヘッドとコードを回すだけで相当の負荷が
エンジンにかかる事となってしまい、草刈り作業へ回す余力が少なくなるため、著しく作業能率が
落ちることを示唆していると捉えれば良い。もっと簡単に言うと、

【エンジン小さいと回すだけで精一杯。コードも長くは出せないよ】

となる。そして作業時は常時スロットルを全開にせざるを得ない。その高回転・高負荷状況では
コードや遠心クラッチがいたずらに消耗するばかりか、エンジンそのものもかなりの勢いで
痛んでゆく。あらゆる摩擦は、速度の二乗に比例して大きくなるため、ナイロンコードは出来る
だけ、トルクの太いエンジンの装着された機種を中速から、せいぜいやや高速で回してやると、
非常に効果的であるこというとは、言うまでもない。なのに、ナイロンを装着している人は異様に
ブン回していることが多いのだから参ってしまう。そんなにメーカーを喜ばせたいのだろうか。
まあ、知らなければ、とかくブン回して使うモノというイメージになりやすいのは理解もするが。

話を戻そう。小排気量機にとって、ナイロンコード装着というのはせっかんに等しい。
また、カッターヘッドが重くなればなるほど、刈払機破壊装置というナイロン負の側面も
グングンとカマ首をもたげてくる。別に26cc以上の機種であっても、マッチングを誤ると
結果は同じであることも覚えておくと良いだろう。

相変わらずの水域整備。

妻が、昨日にクレソンを植えたと言っていたので見に行ってみる。

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なんというか、苗だし、まあこんなもんだろう。気休め程度に燻炭が添えてある。
もう、だいぶ寒くなってきているが、とりあえず活着してしまえばジワジワ生育してくれると思う。

なんというか、自分的にはクレソンの苗を育てるという発想はあまりない。妻のことなので、
少し変わった種をわざわざ入手してきたのかもしれない。

何でも良ければ、どこかの水域に行って幾つか株を引っこ抜いてきて、それをそのまま定植
して放置しておけば、異常なまでにはびこり、完全に雑草化するような感じの植物だろう。
故に、以前は自分でこさえたビオトープに導入することはなかった。園芸作物ではあるが、
とにかく水路を伝って系外へ逸出しやすい外来生物に違いはないのである。香取の苗代や
ビオトープには、絶滅危惧種の水草などが沢山生えていたので、それらの生息環境を攪乱
させたくさせたくなかった訳だ。(その周囲の用水路では、既に至る所で雑草化していたが)

とにかく、こちらの近所でこれが野生化している気配はない。以降、コレが周囲の用水路で
はびこるようになれば、その出所はウチしかないのだ。気を付けなければ。
いや・・・しっかり販売しなければ。えてして、園芸作物の野生化というのは、栽培してはみた
ものの、利用価値を見出せなかったり、販売に失敗して放棄/遺棄されて起こるという事が
多い事だし。また、至る所で発生してしまうと、間接的にこちらの作物が売れなくなってしまう。
その辺でいくらでも収穫出来るようになった時点で、もはや商品作物とは呼べないのである。

じゃあ、その辺で野生化しているものを売れば良いじゃないかって?そうですね、栽培履歴の
提出とかを求められたり、圃場を見たいと言われたらどうします?こっちゃ嘘つくのも嫌ですから。
 
  
日没まで、少々時間があったので、引き続き、水路を拡幅しつつ掘り下げる。同時に
クレソンが、いきなり水不足になっても仕方がないので、水の流れも少しだけ堰き止めておいた。
  
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水が湧きだす区間は、だいぶ水深が稼げている。
そうだな・・・土手側だけもう20cm程度深く掘っておき、溝の幅を四倍以上にしたい。
ビオトープの完成までに時間がかかるのなら、先にそうしておけば、簡易の苗代に出来るのだ。
圃場のこの区間は、とても日当たりが良いので是非とも余すことなく活用したい。

・・・ワサビ、植えられないかなぁ。夏場の水温が高そうだから無理かなぁ。

筆ペン画ギャラリー

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なにやら米袋に筆ペンでお絵かきをしてから出荷するようになって、早いもので八年目。
今回は、普段とは趣を変え、これまでに描いた田んぼの生き物を載せてみようと思う。
いや、今年はまだまともな図案というか、ちゃんとした生き物の絵を描いていない。
あまり思い浮かばないというか、描く気力が湧かないので、過去の図案を洗練させたもので
お茶を濁している訳だが、ここらで奮起するためにも、自分で振り返ってみたかったというか。
 

まず、昨年に描いたもの。
 
ドジョウ

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田んぼにいる生き物の中で、ぶっちぎり一位で好きなもの。
食材としても好物である。
この絵は、もう少しヒレに動きをつけておけば良かったと思う。
あと、水草がテキトー過ぎる。
  
 
結構初期の頃の生物画
 
アカガエル 

アカガエル.jpg
 
なんとなくスケッチしてみたら、思いの他ちゃんと描けたので、以降時々何か描くようになった。
まだ弔辞用筆ペンを使用していない頃で、気休め程度の陰影でも表現がきつかった記憶がある。

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