千葉県で田舎暮らし・新規就農者のブログ-田舎日記の新規就農

千葉県で新規就農を果たした若者の新規就農の軌跡を、BLOGでお伝えしています。千葉県での新規就農を目指している若者の参考になれば幸いです。

新規就農者ブログ

2016年4月

中古農機よもやま話

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これまた随分前の写真になるが、引っ越しに祭し、色々な機械の処分をせざるを得なかった。
この18馬力も、知人に引き上げてもらい、やがてはそこからベトナムの地へ渡った。
手前の田植え機は、部品取り用として保存されているようだ。


IMG_0500.JPG
 
それにしても、ここ数年で、随分と古い農機が減ったように思える。いや、思えるのではなくて
本当に減っている。冒頭のようなトラクタを筆頭に、どんどん東南アジアや発展途上国へ輸出
されている。海外のバイヤーらは、構造がシンプルかつ堅牢な機種を好んで持って行く。
新しい物は、高い上に高度なデバイスが故障した際のリスクもあり、殆ど手を出さないという。

ちょこちょこ使いたいとか、〇〇作業専用機にしたいとか、お金をかけずに、それなりに使える
道具を揃えたいという人にうってつけだった、このような中古機械群は、少しずつ姿を消しつつ
ある。特に、20馬力前後のクラスが国内外ともに需要が高く、タマ数が減ってきている。

究極の後始末

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新天地へ移っても、やりたいことを始める前に、まず人の後片付けから仕事は始まる。
現在の田んぼは、ため池から流れてくる水路から直接水を引く形なので、以前のように用水の
自由は利かない。なにしろ、いつでも水が流れている訳ではなく、地区の水利担当者へ頼ま
ないといけなかったりする。雨などは、とても無駄には出来ない。

で、本日は何をしていたかというと、アゼ塗りと修正。毎度のように、小さな耕うん機をアゼのキワ
のみを雑に代かきしつつ、アゼの一部を直角に切り取り、その泥をひたすらアゼに盛り付けて
ゆく作業だ。しかし、そこへ至る前に、二重にも三重にも入ってた古い畦畔板を抜き、トラクタで
グズグズになってなっていたアゼを踏みつぶす作業があった。

家の人は言う。

『あの田んぼは深いし乾かない』
『水は大切にしなさい。』
『モグラの被害が多いから畦畔版を入れてあるのに抜くなんて・・・』

乾かないのは、幾重にも入れた畦畔版を何年も抜かないからだ。
モグラにアゼがやられるたら水持ちが悪くなるのは当たり前だが、そもそもアゼの手入れを
しないのが一番いけないことなのではなかろうか。畦畔版とて、入れたから必ず漏水が減ると
いうものでもなく、土に密着していること深く刺さっていること、刺さっている周囲に、きっちりと
泥が盛られていること。この三つがなければ上手く機能しない。
畦畔版は長年にわたり、アゼが徐々に踏圧を受けたことにより、あらぬ方向へ傾いでおり、その外側に更に新しいものが入れられていた。また、冬場にアゼの草を焼いたのか、溶けて変形
しているものも次々に掘り出される始末。田んぼ一枚のそれらを全てを抜くのに四時間。
使えるものとそうでないものを仕分けるのにまた三時間。踏みつぶしに一時間半。塗り直しに
半日以上。慣れた作業とは言っても、まあ疲れること。

そんな状況なのに、水は大切にしないさいなんて、説得力がない。
水を気にするなら、もっとよく土やら透水の仕組みを観察せえよと言いたい。
自分なりの方法を信じてきた方々を前にしては畏れ多いので、別に口にはしないが。
 
とにかく、以前耕作していた所よりも、田んぼの条件は良いのでなんとかなる。
けれども、こうして人の後始末を一所懸命に行っている間は、おそらく周囲の誰からも正当な
評価を受ける事は無いだろう。
農地は過去から受け継ぎ、未来へとつないでゆくものだというのは承知。しかし、どう受け継ぐ
のが良いかというのは、バトンを渡す人も受け取る人も、共に考えて然るべきだろう。
でないと、どこまで行けどもこのようにやるせない気持ちにばかりなるのだ。


他にも、重機でガチガチの耕盤が出来上がってしまっていた自作地(畑の成れの果て)を
まっとうな状態へ戻すべく、人力で暗渠を掘ったりと、耕作以前の作業に奔走中。
その間は、お金を稼ぐことなどとても出来はしない。人の後始末を行うのも自らの意志には
違いがないからだ。しなければしないで構わないが、新規就農以来七年間の経験から、
しなかった場合の落ちなど見えすぎて仕方がない。

妻には稼ぎの悪い亭主で申し訳なくも思う。
その代り、貯金が出来ないのなら、田畑に有機物の貯金をしよう。

 
そう・・・有機物の使い方・・人のやりたがらない仕事・・・あっ、ここでは報告していないけれども
昨年・一昨年と携わっていた、変わった仕事があったっけ。
 

多少は更新に対して意欲も出てきたような気にするが、どうも写真を上げづらい。
別に、凄惨な日々を過ごし続けているからとか、カメラが無いからとか、そういった理由でもなく
単純に撮影などそっちのけで作業ばかりしているからだ。

だったらもう、暫くは文字に特化させてみようかと思ったりもする。
どうせ以前から酷く文字だらけのブログではないか。
けれども、それはまあストイック過ぎるので、そのうちに以前と同じような感じに戻そうか。
それとも、アイキャッチとしてテキトーなものを毎回載せるとか。
そうだな・・・とりあえず・・・一年以上前に米袋に描いた安全靴の筆ペン画でも。

IMG_0421.JPG

結婚したので、これからはいよいよ【地に足つけて】という意思表示のつもりで描いてみたもの。
スケッチに二時間以上かかった。以来、ここまで手の込んだ作品は描いていない。


手の込んだものと言えば、そうだった。一年以上前になにやら読み物が完成していたっけ。
出来たは良いが、特に使い道も思い浮かばずに何人かにファイルを配ったのみとどまっている。
この歳になっての黒歴史作品だったとしたらイタいでは済まされないが、折角なので、これを
公開しておこうと思う。私の拙文が好きだと言う酔狂な御仁がおりましたら、暇つぶしにどうぞ。

 
タイトルは、≪雲竜と悟平≫

別に時代劇じゃあござんせんけど。
担い手不足とか、休耕地の増加とかTPPだとか、農業を取り巻く色々な不安要素が取沙汰
されてる昨今ですが、そんなもんを気にせずに楽しみながら出来るなら、それが一番いいじゃ
ないかって私ゃ常日ごろから思ってました。で、ある日、何か思い浮かんだので日記に鬱積を
ぶちまけるような気持ちで書き始めたんです。そしたら、それが随分長い事続きまして・・・。


ワードの方は、最近になって思い出したように多少校正や文言の付加を行った更新版。
PDFは、書きあがった瞬間そのままだが、細かい部分を特に気にしない方なら、こちらの
ほうが読みやすいかもしれない。

本編1.docx

本編1.pdf

小説好きの祖母は、老眼にムチ打ってなんとか読破してくれたが、他に特に誰かから感想を
聞いた訳でもない。中身は農的ラノベとでも言うべきものか。別に小難しいものでもない。

最初に思い浮かんだシナリオを丁寧に文章でトレースした結果、最初から最後まで漫画の
ような展開が続いていく感じに。発想の根本は、随分前に、童心社から発行された
【スゥィング】という本の一部描写について助言をしていたところからなのだが。
それもいつの記事だったか・・・。思い出したので、リンクでも。

http://agri.inaka-nikki.net/shinkisyuunou/post-426.php


そうか・・・もう五年も経つのか。
これは実に思い出深い上に好きな話なのだが、割と硬派な作品だったもので、参考にしつつも
ソフト路線へ振ってみた感じ。
 
全体的には、前職および就農以来の経験をヒントにし、登場人物はだいぶキャラの立って
いる知人たちをモデルにして(人の呼称は例外を除き雑草の名前)、一部には少しずつ自分の
スキルを分散させて持たせた。

なるべくギャグ要素を盛りつつ、話の流れそのものはかなり現実味を帯びたものにしたつもり。
というか、農的ファンタジーな作品とか、とてもじゃないが思い浮かばない。
書けるなら、そっちの方が面白いのかもしれないが、リアル路線で勘弁してください。

 
とまあ、こんな所で本日はおしまい。と。 
黒歴史にならなきゃいいが・・・。
もし読み切った猛者がおりましたら、差支えなければ感想でもお寄せくださいませ。

ノイエクラッセ

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毎日それはまあ元気に動き回っている。
草を刈ったり、畑の排水改良をしたり、燻炭を焼いたり、コヤシを撒いたり、苗に水をやったり。
特段変わったこともしていない。

以前携わっていた機械の研究開発の仕事のように、新しい技術に触れる事も挑戦することもない。
毎日の相棒である軽トラも、足グルマの軽も四半世紀前のもの。けれども、もっと前の農機も
現役なので、別に古いものだという認識も持てない。これではいけないというものが思い浮かばない。
 
でも考える。新しい農業ってなんだろう?
 
巷で取沙汰されるような農産物か?栽培方法か?どうビジネスに仕立てるかの戦略か?
 
あれ・・・これってのもまた、もしかして古い考え方なのではないか。
なにしろ、これらはカネの臭いはプンプンするけれども、時間的概念が無い。いや、無いと
言っては語弊があるか。けれども、チャンスだとか趨勢だとかトピックスだとかの、極めて短い
概念しかない。
要するに、人が作った世の中のこと、及び現世を生きる人を最も優先とする考え方だ。
もう、これには正直飽きた。だから古いと思えてくる。
  
では、これから必要なのはどういった考え方なのか・・・。
 
多分、≪現世の人の為のみに非ざる仕事≫
 
ああ、農業、いや農ってそういうことなのか。
圃場を維持するのも、土を肥やすのも、山の手入れをするのも。本来そういう意味の含まれる
作業だった。
 
それさえ解かっているならば、死ぬまで続けられるな。
人の一生どころでは済まないスパンの視点で仕事に取り組めるのなら、そんな良い生き方はない。今を生きるの一瞬一瞬だけのために、常に闇雲に忙しくする病気から解放されるのだから。

新しいとか、古いとかどうでもいい事じゃないか。
相手にしているものは、己の力など到底通用しないものどころか、逆に力を分けてもらっている
ばかりで。そんな尊いものに対して、人の観念を押し付けるなど、ナンセンスの極みなのだろう。

さてさて、何ヵ月ぶりだろうか。
いい加減、読者もいなくなってきたであろう頃に、更新をしてみる。

で、現在人見太郎は何をしているのかというと、同じ千葉県内のいすみ市という所に婿入りして農業を続けている訳で、もはや新規就農者とも呼べないような感じになってきた。
昨年末より始めた引っ越しは、これまで集めたモノの多さ故に困難を極め、今年の二月中旬にまで及んだ。それ以降はこちらでモチを作ったり、田んぼの準備をしたり、機械のメンテをしたり。今は作業場兼格納庫の工事を行っている。
婿入りした先は、もともと兼業農業であって、いきなり農業で生計が立てられる訳でもないので、農業を行うためのインフラはある程度自分自身、なおかつ自己資金で調えなければならない。

・・・ここまで書くと、特に以前と変化していないようにも思えるが、実際に自分自身も新規就農してからの足取りを繰り返しているような気がしないでもない。けれども、もう何もかも自分一人だけで悪戦苦闘するという修業は終わったようだ。

随分と年下の妻は信じられないくらいの働き者で、露地野菜やエディブルフラワー(食べられるお花)の栽培に躍起になっている。

やっぱり、それはそれで記事にすべきこともあるだろう。
気が向いたらになるかもしれないが、どうぞよろしくお願いします。

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