千葉県で田舎暮らし・新規就農者のブログ-田舎日記の新規就農

千葉県で新規就農を果たした若者の新規就農の軌跡を、BLOGでお伝えしています。千葉県での新規就農を目指している若者の参考になれば幸いです。

新規就農者ブログ

2011年11月

#418 ありがとう

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コメの発送作業をしていたら、知人の農家さんがやってきた。
茶のみ話のついでに大きな椎茸やニンジンを置いていってくれた。
最近は、お世話になった方々にコメを無償で配ったりしているせいか
食べ物を頂く機械も増えてきているらしい。

もらいもの生活.JPG
 
毎度の事ながら、本当に食うに困らない。カネは無くても腹を減らす事が無ければ
あまり悩む事は無い。まっとうなものが食べれているから余計に落ち着いていられる
ような気もする。でも、落ち着き過ぎて更新をおろそかにするのは良くない。

とにかく、物質にも食にも恵まれているのが実感出来るという日常がある。
それは即ち人にも恵まれているということであるのだから、やはり幸せ極まりない。

この状況になってみると、それがあってこそ働こうと思える。

では、以前は何で働かなくてはいけないと思っていたのだろうか?

死ぬほど働いてまで手に入れたいと思う物も無く、親孝行に励む訳でも無く、
稼いだお金でバカンスを楽しむ訳でも無かった。仕事が面白いと感じる瞬間も
多かったが、そんな調子では、なかなか仕事のモチベーションも維持出来ない。

だとすると、自分は単なる給料泥棒だった。
それでも勤め続けるのは、体裁を整えて社会的な信用を保っていたいというだけで
それが己の身を守る事だと思い込んでいたように思える。無意識にそれが作用していた
からなのか、余暇を利用して相当ボランティア活動をしていたりもしたが。いつも
何処か虚しい気持ちが残り、治まる事も無かった。なにしろ、それすら保身行為で
しかないのである。納得できなくては存分に動けない。

今にして思えば肉親や友人など己以外の特別なものを除けば、守るべきものなど何も
在りはしなかったのだが・・・。それでも己が内は空っぽだとしたら、殻が破れたら
何も残らない。だから働いていたなんて理屈にもならないな。

そうこうするうちに、生きる意味とか何かすごい事を考え始めてしまう。で、何かを
見つけたと思ってはすがる。しばらく続けて天井に頭をぶつけると、また違う事と
その意義を考える。そのうち年老いて動けなくなり、自分は不幸だと思う。
囲いの中でチョロQを走らせたら、壁にぶつかっては向きが変わるのを繰り返して
そのうちゼンマイ切れで止まる。然し、ゼンマイを巻く気力も体力も残っていない。
まあ、そんな感じなのかも知れない。

で、思うのだが、生きる意味をはじめとして、何でもかんでも意義をいちいち考える
事が人間の幸福を感じるためのハードルを上げているのではなかろうか。
 
 
だから、自分の理念としては、【生きる意味など無い】となる。
なにしろ、生きている事自体に感謝が出来るのだ。これに勝る幸福は無いではないか。
神に依存するでもなく、生きていればそれなりにパンクな結論へとたどり着くものである。

バイトに行ったり、結婚式が立て続けに2度あったりと、出歩いている日が多く
気がつけば更新間隔は週に一回。気を取り直していこう。
 
 
今日は久々に畑へ。
ダイコンが順調に生育中。

勢いは良いね.JPG
 
しかし、未だ間引きせず。
これ以上放置しては、まともな形にならないと、友人と一緒に作業。

#416 新書の紹介

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以前、取材に来てくれた児童文学の出版社に勤めている友人より、新書が届く。
その後も、幾つかの質問ややりとりがあったのだが、めでたく今月に発行となった。
 
タイトルは【スウィング】。中学三年生の野球少年が、父親亡き後の田んぼを引き継ぐ
と決意、奮闘をする物語。作中に、主人公の相棒となる形見の耕うん機が度々登場
することから、それに関する問い合わせに対応していたら、新書が貰えたという訳だ。

しかしまあ、耕うん機が活躍する児童文学というのもなかなか珍しい。
主人公は、8~9馬力クラスのガソリン管理機のエンジンを紐掛けで始動するような
猛者。管理機で、水田作業をするケースが殆ど無くなってきている中にあっても、
その昔ながらの描写に力が入っているのだから、異様に骨太な作品になっている。


マニアックな児童書だこと.JPG
 
 

管理機のモデルはクボタと思われる。だが、リコイルを取り外したところの絵をよく
見ると部分的にホンダだったりする。相棒は骨董品に近い機種という位置づけだが、
操作系がデッドマン化されている最近の仕様になっていたりするのが惜しい。
そして、かなり大型の耕うん機にもかかわらず、後部にはロータリーやレーキの装着が
無く、車軸にロータリを装着した状態で荒起こし、カゴ車輪と抵抗棒のみで代かきを
行うなど、少年が扱うには硬派極まりない仕様だったりと少々気になる箇所がある
ものの、題材を考えると、そんな事を突っ込める人間のほうが珍しい。
よく、映画などの作品中に登場する自動車や看板などで時代考証の誤りを指摘する
マニアがいるが、こと農耕機に関してなら、その数は圧倒的に少ない。つまり、
細かいところを仲間とつついて酒の肴にするという事が殆ど出来ない訳で、ここまで
書いておいてなんだが、書かなければ良かったと思う程アラ探しの対象にはなり得ない。
書いてしまったのは、単に職業病。始動のアクションや作業中の描写自体は、
全体的に秀逸なので、子供も大人も感情移入しやすいだろう。
 

とにかく、この作品で大切なのはそんな細かいことではない。
稲作文化の継承と中山間地農業のあり方をより若く、幅広い層に投げかけるという点で
あり、読むことで、それをより身近に感じる事が出来るようになるという、
【スウィング】というタイトルに相応しい明るさと健全性だ。また、著者の意かどうか
知る由も無いが、今日ではTPPなどによる農業に対する将来的な懸念などもあり、
なかなかタイムリーな時期に出た作品なのかも知れない。当然ながら安全・安心だとか
先が無いだとか、成長産業に変えることが出来るなど、読んでうんざりするような
何処の誰が言っているのかというような抽象的な定型句は一切出てこない。
 
 
全てはやるものの意志。作中の少年は、それを存分に表現している。
それが現実であっても、やれば出来る。そして応援してくれる人も必ず現れるのだ。
興味のある方は、是非一読しておくと良いだろう。 
 
 
<書籍>
【スウィング】 作:横沢彰  絵:五十嵐大介  発行:童心社

安かろう悪かろうというのは、別に今に始まったことでは無い。
そんなものは買わなければ良いと言えばそうかもしれないが、そんなものが
必要以上に存在しているのなら、見抜けない事だってある。


丁度2年前に買った洗濯物干しが、完全に使えなくなった。
プラスチック製の洗濯バサミが、この夏を境につまむ度にポキポキと折れ続け、
実に全体の8割以上が破損していった。イライラしつつも、そのうち洗濯バサミだけ
交換すれば良いと思っていたのだが、今日はとうとう物干し竿に吊るすための
クリップが折れた。
 
まったく、つまらぬ日用雑貨は壊れないのが取り柄なのではなかったのだろうか?
普段、何も気に掛ける事無く使用出きるから日用品と呼べるのであって、使用する
都度、壊れないかと心配していたのでは本末転倒も甚だしい。

写真は、某ホームセンターで買ったそれ。そこに並んでいる自社ブランドの道具は
直ぐに使えなくなるので、以前から買わないようにしていたのだが、これはその中でも
最悪の例だろう。また、そこブランドの商品は、消耗品などでもガムテープなどは
粘着力・耐久性が劣っていてダンボールの梱包に使用したら直ぐに剥がれてきた事も
印象深い。デフォルトでゴミと呼んでも差し支えの無い品質だった。

心から哀れみを覚える.JPG
 
これは、完全にモノの造りかたとして誤っていると言わざるを得ない。毎日毎日屋外で
使用するものなのに、プラスチックの紫外線劣化や加水分解を考慮せずに、ただ安い
材料を使ったのだろう。廉価であることは大切だが、廉価=人を欺くというところまで
やってしまうのは愚劣というか、やはり罪だ。

ただ、作るほうも相手側の要求に合わせて仕様を決めるのだろうから、こんな物を
こさえるのは嫌かもしれない。とにかく、それなりの見栄えで安いものをという要求を
されたであろう事は想像に難くない。
 

そして、ここまでのモノだと中国製だとか国産だとかはもうどうでも良いのである。
それなりのモノをそれなりの値段で作るという場合の【それなり】の基準がもはや
落ちる所まで落ちている。

然し、安くなければ売れない。こんなものでも作っているところで働いている人は
いるという話にも当然なるだろう。それに関わる事で生活している人がいるのだと。

だから、【買う・買い続ける】必要があるのだと。みんなそう思うのかも知れない。
 
・・・そんな詭弁だけでモノを消費しつづけていたら、何も良くならない。


もし、彼方がそれらを買い続けるとするのなら、まず見た目だけのモノを粗製濫造する
工場にて低賃金でコキ使われている者の労働ならびに将来をも肯定するのと同じ。
つまり、製品の企画者や、工場の雇い主側と目線は同じである。更に、その製品が
出来てからの先も同じ。全ての行程に関わる人は、過酷なコスト意識にさらされ、
商品の売価を削っているのか、己の心と肉体と自由が許される時間を削っているのか
さえもう判らない。そして、購入する側が、安い物しか購入する事ができないと考えて
いる層だったら・・・もうフォローのしようが無くなる。それを購入するということは
己が境遇を受け容れ、この先も甘んじる事を意味するからだ。

巷の企業では、サービス残業や休日出社が当然となっているにも関わらず、労働争議が
あまり起こらない。そんな理由も何となくこれで察することが出来るだろうか?
なにしろ、企業自身も、過剰なコスト競争に晒され続けたせいで、その不当な労働行為
なしには存続し得ないのだ。そんな組織の中で評価される人材とはおそらくサービス
残業を沢山する者だろう。

そんな風に働き、疲れて虚ろになりながらモノを捨て、また別のしょうもない物を
持ってきては、ひとときだけ物質文明の恩恵にあやかり、そして飽きればまた次が
待っている。それはそれでひとつの幸せの姿だと思えれば良いのだろうが、おそらく
そう感じる人も多くはいるまい。
 
 
人も企業も、哀しいモノを生産・消費し続けながら、辛うじて自らの形を保っている
ようだ。そんな事をしていては、世界中何処へ行っても凡民に富など集まらない。
でも、モノを手にする時の期待だけはいつまでも無くならないのだから、買ってしまう。
そう、幼いときから我々は消費大好きになるように刷り込まれているのである。


昨今、貧富の格差は常に問題視されているが、そのメカニズムなど簡単なものだ。
とにかく仕掛ける事や、人を上手く利用するのに長けた者や組織が勝つ世の中が続く
のなら自分はもう、経済的な幸福を夢見るのは止める。外にも面白いと思える事など
考えてみたらいくらでもあるのだった。
 
 
例えば、こんな風に雑貨が壊れただけで大袈裟に話を膨らませてみたりとか、ね。

#414 スタディワーク

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実は、モチ米のモミ摺りをまっだ行っていない。
どれだけ需要があるものか判らないので、乾燥機をストッカー代わりにして
ある程度はモミのまま貯蔵しておくのも手かもしれない。
 
それでも、そこそこ注文は入ってきたので対応を始めよう。 
乾燥機よりモミを適量排出し、そのまま循環式の精米機に突っ込む。

モミ摺り開始~.JPG
 
今回は、敢えて籾摺り機及び石抜き、選別機を使用せずに、モミからいきなり精米
することにした。以前もお伝えしたように、天日で干したモミをこちらに持って来て
同じように精米する人が複数いるため、対応する側としても、もう少しこの方式での
ノウハウを持っておきたい為だ。

手植え・手刈り・天日干しという、ごくごく小規模の稲作にあっては、脱穀とモミ摺り
は大きなハードルだ。しかし、足踏みの脱穀機は探してみると意外と残っている。
そして、この循環式精米機さえあれば、なんとかコメとしては食べられるものに
仕上がる。そこから適度に機械化したいというのなら、バインダとハーベスタだけ
用意すれば良い。それらの機械化コストは、使える中古品を農機屋から購入した場合
でも、おそらく30万もあればお釣りが来るだろう。
自分の場合、バインダ0円。精米機は3万5千円。ハーベスタをどこからか探して
来たとしても総額10万円以内に押さえられそうだ。今となっては、こんなになって
まで無理に就農しなくても、もっとスムーズに、楽しく稲作を始められたのでは
ないかと思っている。

 
 
毎度の如く話がそれた。
このような場合、通常通り玄米から精米するのと同様に行えば非常に搗きムラが
出てしまう。また、精米中の温度も相当に上がってくるので、仕上がり・食味ともに
良いものにしようと思うとなかなか大変だ。 
 
圧迫ゼロでもモミは外せる.JPG
 
まず、モミ投入からしばらくの間は機械の圧迫力をゼロのまま回す。
モミ殻を外すという目的から考えると、ローラーによる圧迫を加えた方が良さそうな
気もするが、慌ててはいけない。写真は数分間回した時の状態。単に機械の中にモミを
グルグルと通してしているだけでも、ちゃんと殻がむけて玄米になってくる。
また、コメの品種によってはモミにヒゲのようなノギ(ノゲとも呼ぶ)がある場合も
あり、スムーズな循環を妨げる事もあるので、それをヘシ折って排除するという目的も
ある。

ともかく、モミはしっかり乾燥が行われていても、表面がザラザラしているせいも
あって引っかかるらしい。ある程度モミ殻が外れてくるまでは精米部分の入り口に
落ちるモミの量も多かったり少なかったりと安定してこない。精米時の圧迫力は、
連続的に同じ量のコメが作業部の中を通過するからこそ設定を維持出きる構造なのだ。
従って、当初より強めの圧迫を加えると良い仕上がりにならない上、詰まりなどの
トラブルも誘発させ易い。

#413 汝、正直であれ

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週末を挟んで四日ほど外出。
そのまま発送作業をしていたら、更新せぬまま一週間が経過。
正直、さほど大した事は出来ていないのも事実だが、やはり何も残さないと
いうのは勿体無い気がする。
 
と、いう訳で今回は、コメの等級検査の結果を報告しよう。
 
 
まず、コシヒカリとふさこがねは一等米の判定が出た。

一等 コシヒカリ.JPG
 
これは、カメムシや高温障害などににやられた米(いわゆる着色粒・斑点米)や
モミの混入が極めて少ないということ。精米した際の外観品質は非常に良好。
 
 
だが、実際のところ自分で売る米は、個人向けが殆どなので必ずしも検査が必要という
訳では無い。ただ、購入側は品種なども含めて販売者の言う事を信じる外は無い
という事を考えると、やはりある程度は検査を通しておいた方が親切だと思える。
また、道の駅に出荷する場合も検査証明書の提出が必要となる。


通常、ラジコンヘリによる空中防除を行ったり、事前に玄米を色彩選別機に通す事で
色の着いた米を減らして検査する事が多いが、何もせずに一等米になるのならそれに
越したことは無い。空中散布をしたら薬を使用してしまうし、色彩選別を行うにも
お金がかかる。ましてや、色彩選別機を購入しようとすれば200~300万円もの
投資が必要になる。従って、自分の場合は極力それらの工程を排除しつつ品質を向上
させる努力が必要となる。

栽培中に気を遣ったのは、草刈りと施肥のタイミング程度。
勿論、何の薬剤も使用していない。してやったりだ。

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