千葉県で田舎暮らし・新規就農者のブログ-田舎日記の新規就農

千葉県で新規就農を果たした若者の新規就農の軌跡を、BLOGでお伝えしています。千葉県での新規就農を目指している若者の参考になれば幸いです。

新規就農者ブログ

2010年10月

戻ってきたところで、天気は良くならないが、出先でいくつか注文を頂いたので、
発送の準備をする。

黙々と袋に絵を描き、精米した米を詰めて、箱を組み立てて米と一緒に請求書を入れて
発送伝票を張る。今年の発送開始は早く、稲刈りを行いながら一連の作業を行っていた。

昨年はこの作業がなんとも億劫にもなったりしたが、慣れとは恐ろしいもので、手間の
かかる作業も、最早なんとも思わない。というか、生計が厳しいのが自然にそうさせるのか。

P1010709(1).JPG

昨年はこの作業がなんとも億劫にもなったりしたが、慣れとは恐ろしいもので、手間の
かかる作業も、最早なんとも思わない。というか、生計が厳しいのが自然にそうさせるのか。
 

そんなに手間ばかりかけてどうするの?
 
 
と、よく言われるのだが、地道に訴求をする意思はなかなか遠回りばかりさせてくれる。
米を全て売ってしまったところで、半年も生活は出来ない。とっとと売り捌いてしまい
あとはバイトでもする方が賢明なのかも知れないが、今の自分にとって、収入と食の面から
米は生活の糧であると同時に、ツールでもある。従って、未だに名詞も作らず、米を名詞
代わりにしている。食べれる名詞なら、インパクトも強かろう。そこに手を抜く訳には
ゆかないのだ。
 
 
コメが余っているという報道が飛び交い、安いものとしてしか認識されなくなりつつある中、
何から何まで違う米だと伝えたくても、その物のみをいくら説明した所で無理がある。

ならば、米ではなく自らを知ってもらう他には無さそうだ。
どうやったら高く売れるかなどと考えるより、その方がよっぽど面白い。
 
 
人を通じた売買の判断基準は、高い・安い・品質というだけでも無さそうだ。
お金がモノやサービスを媒介する際には、少なからず人の気持ちも乗っかっていく。
ならば、払ってくれた方には面白がってもらいたいし、こちらは有り難く受け取りたい。
陳腐な言い回しだが、お金を有り難く受け取りたかったらどうすべきかと真剣に考えて
いたら、嘘はつけないし、粗末なものも出せない。

それを続けた結果、じてんでくれる人が増えるなら
ずっとバカ正直でありたい。必要以上に周囲を詮索して、何か仕掛けるのは息苦しくて
仕方が無い不器用な者の遠吠えでも、知った上でやっているぶんは構わないではないか。

 
 


久々に書いてみるのだが、どうも何から紹介したものか。
乾燥/モミ摺りの作業場が完成したとか、バインダがちゃんと使えたとか、何かしら
あるのだが、今回は稲刈りを主にしていこう。
頂き物のPCには、まともな画像編集ソフトがまだ入っていないので、写真のサイズも
以前より大きくなっている。

 
 
稲刈りイベントは向風学校2回、団体受け入れが1回の、計3回。

稲刈りイベント2.JPG
 
参加者に手刈りしてもらったイネは、ハザ掛けするのではなく、その場でコンバインで
脱穀してもらう方式を取った。なかなか一人ではハザも準備が出来ないので、止むを
得ない。

巻き込み事故が起こらぬよう、特に注意を払ったが、さほど緊迫感も無く、楽しんで
作業をしてもらえたようなので、今になってようやく胸をなで下ろす。
 
 
 
自身の稲刈りは、ひたひたと単独で行う。
9月の上旬から始め、生育状況に応じて10月上旬までダラダラ刈り続ける予定
だったのだが。9月中旬からは雨が多くなり、結局予定よりも更に遅くなる。
 
 
 
お約束のように、今年もコンバインがスタックする。
アプローチもきつく、周囲もかなりの泥濘だったので、トラクタで引っ張るのではなく
親分のユンボで引き上げてもらった。周囲に感謝。
 
今年もやはり・・・.JPG
 
そして、3号機まで用意したにも関わらず、出番があったのはこの一号機のみ。
しっかりと整備した甲斐もあり、機械的なトラブルは皆無。
しかし、相変わらず作業能率が低いので、どうしても作業が遅れ勝ちになる。
来年はそれを改善せねばなるまい。


前回の更新から、既に一ヶ月半以上も経過してしまいましたが、
ようやく更新が再開出来る状態になりました。

読者のみなさんには、大変気をもませてしまいましたが、今後とも
お読みいただければ幸いです。
 
 
  
・・・ブログ及びメールが遮断している中、何人かの方々が身を
案じてくれたりもしましたが、当方には別に変わった事もありません。

規則的な生活と、読書や炊事に費やせる時間が増えるという嬉しい変化も
あって、寧ろネットの無い生活を存分に楽しんでいた程です
 
 
確かに、ブログの更新はライフワークなのですが、本来別にそこまで
ネットに依存していた訳でも無いので、無ければ無いで日記を書くだけ。
メールが溜まっていくのは、申し訳無い気持ちでしたが、毎日チェック
しない方が、どうも私は落ち着いていられるようです。 
 
 

結局、私にとってのブログとは表現方法の一つに過ぎません。今回の一件では、
それを強く認識する事が出来ました。

本当に読者の皆さんにお伝えしたいことは、メガネ米でも、筆ペンで描いた下手な
絵でも、稚拙な詩でも、会話のやりとりでも何ででも構わない訳です。 

それらを組み合わせたもの方が、こんな拙文ばかり読むより遥かに面白いのでは
ないでしょうか?挑発でも何でもなく、ただただ素直にそう感じる今日この頃です。


<__trans phrase="run-periodic-tasks script is running...">