だんだん、暖かい日が続くようになってきた。
畑で、セイタカアワダチソウの根っこを拾う。
先に作付けしたい部分の表面に転がっているもののみを拾い集めるが、
それでも2~3箱はくだらない。
根っこは、どれも芽吹き始めている。
まだ、土の中に相当数が埋まっているはずなので、また耕して、深く埋め込むか
拾う作業の繰り返しになるだろう。
今日、根っこを拾ったのは手前の区画のみ。
パッと見、何も変化が無い。奥の手付かず区画はこの2倍程度の面積。
来月以降は、田んぼの手入れとイネの育苗で忙しくなってくる。
どれだけ手間を減らしつつ、まともな管理を行うかを真剣に考える必要があるだろう。
やはり、畑はこの位の規模で始めて良かったと思う。
大面積で、少ない品種を年中作付けしていくような方法を取れば、田んぼには手が
回らない。
まあ、いずれはある程度まで規模を広げなくてはいけない日が必ずやってくる。
と言うか、そうしなければ、生計が立たない。
その際に、手間も資材も機械も少なくて済むような方法を知りたいから、人力作業の
実践を欠かすことは出来ない。
手作業だけでは趣味の規模。
機械力に依存すれば、貧乏。そして闇雲に栽培規模が広がり、薬剤も使用
せざるを得ない。
だから、両者のバランスが良い所を探すとなれば、手作業・機械作業両方の
スキルアップが不可欠となる。
ひたすら実践あるのみ。とにかく、それで生計が立てられるような状態に達する
ことが出来れば、同じようにやってみようと思う人も出てくるかもしれない。
自分は、新規就農者の中でも相当なマイノリティであり、また農家さんからも関心を
持たれる事は少ない。
ただいいトコ取りをしようとしているだけなのだから、別に変人扱いされる言われも
ないとは思うが、なかなか周囲にそれを理解してくれる方はまだ少ない。
それでも、昔の方に、手作業のコツを尋ねれば、とても嬉しそうに教えてくれる。
それは、こちらにとって見れば喜ばしくもあり、また哀しい事でもある。
何故なら、今のうちに学び取っておかなければ、もう生涯得られないかもしれない
技術だからである。
千葉九十九里の農業体験・農家研修・新規就農支援「田舎日記」
太郎君、実に久しぶりだなぁ。君が小学生の時、御殿場で息子たちと田圃やったのを覚えていますか。何事も観察ですぞ、雨に、風に、太陽に、土にそして雑草に学ぶ。「五風十雨」とは、昔の人はよくいったものだね。
小生、バングラデシュでスカイウォーターハーベスティングプロジェクトに取り組んでいます。ここでは、安全な飲み水がなくてとても困っていて、天水を活かしてこの問題を解決しようとがんばっています。雨水利用に取り組んで30年近くなるけれど、都市の雨水利用の原点は水田にあると確信しています。雨を利用するなんておこがましい。そのうちに、小生も自分の食うものぐらい自分でと考え、雨水ハウスとプチ農業を始める予定です。太郎君も天水を徹底的に活かした野菜作りをやってみませんか。小生も今年4月に完全に役所を離れ、テイクオフします。天水研究所もオープンしたよ。一度遊びに来ませんか。うまい酒でもごちそうするよ。君の夢も聞きたいな。それでは、体に気をつけて、夢に向かってチャレンジしてください。ネバーギブアップ!君ならできる!!
ドクトル天水・村瀬誠拝
村瀬さん
雨水利用活動も、もう30年にもなりますか。
思えば、父も自分が小学生に上がる前後で、HNKブックスの原稿を一所懸命書いて
いましたっけ。それで、路地尊や天水尊が出てきて・・・今や海外ですもんね。
物事を追求して月日を重ねることが出来るよう、今後も努力いたします。
タイの農村でも、農地には溜め池、家には雨水の貯水槽が設置してありました。
そこも稲作地帯だったので、雨水利用の原点が田んぼというのは頷けます。
反面、日本の田んぼの横を通っている用水路は、3面張りで、ただの排水溝になって
いたりする事も多いので、雨水は軽視されているように感じます。
バルブを開けば農業用水がいつでも利用出来るからといって、あまり関心できませんね。
御殿場の田んぼへ遊びに行ったのは、昭和62年の10月だったと記憶しています。
イナゴを捕まえて佃煮にしたり、タニシを撮って帰り、庭の池に放したりした
記憶が甦ります。あの頃から田んぼが好きだったようです。
さて、『すぐ遊びに行きます。』と言いたいところですが、これから田植えが完了するまでは、
身動きが出来ません。美味しい酒が飲みたくなったころを見計らって連絡をしますので
今後ともどうぞ宜しくお願いします。