メガネ米の発送が続く。
週末に売り歩いたり、注文が来たりしたのを合わせると、一週間に200Kg近く
さばいたことになる。
収穫した量の半分近く売ったが、相変わらず袋は手描きのままだ。
そして、単調な作業を繰り返しているので更新ペースも下がる。
今朝、先生が家の敷地に車を停めて作業に出かけた。
トラックの荷台は満載なのに、野菜は一日中陽に当たりっぱなし。
主に家の中で作業していたので、そのことには夕方に気づく。

『これ、シートかぶせて行かなくて良かったんですか?』
「いいんだ、売れ残ったカスだから。
「仕入れたぶんもあるけど、それは、半分元が取れればいい。 後は、いつものとこに
タダで配っちまうよ。」
『それにしても、やっぱり量が・・・』
「今年はよ、野菜全般ダメみたいだな。市場に行ってもキャベツが一個5円、白菜が
7円・・・。」
なるほど、量販店で、キャベツ1個35~50円なのが理解できる。
一日に1000個売ったって7000円。経費やら資材やら燃料やら差っ引いて、
半分も残るとは思えない。適正な価格というのが、本当に解らなくなる。
例えば、一個10円の駄菓子を売ったり、空き缶を拾い集めて換金することで生計を
立てる事を考えてみよう。当然気が遠くなってくる。
けれども、それと大差の無いことをしているのかも知れない。そして、その穴埋めが
必要だったら補助金を利用することしか選択肢は無いのだろうか。
これは、もはや業態として既に成立していないのではないか。
野菜が大量に売れ残れば産廃。それが嫌なら出荷せず畑に還す。それでは、何の
ために燃料を燃やして機械を動かし、薬や肥料を撒いて育てたのだろう。
そして、消費者は、そんな生産者の複雑な気持ちを汲み取って買い物をしたいと
果たして思うものか?
「これでは、栽培してても元も上がらなくなる訳だよな。農業は難しいよ。去年
なんかは、全体的に値段が良かったんだけどな。」
『去年まで、穀物の相場も高かったですよね。』
「米が上がらないと、野菜も上がらないんだろうなぁ。」
なんとなく理解できる。理屈なんかどうでも良さそうだ。ただ、輸入穀類の相場に
便乗して、昨年まで野菜が高値だったというなら、また話は別になるのだが。
【農業いいよね】 なんて、簡単に言って欲しくないと思うこともある。
稲穂や果実がいくら重くなっても、生産者まで頭を垂れるような現実を、どこの
新聞よりも鋭く書けそうな気がするが、そんな記事は誰も必要としていなそうだ。
それよりか、腹が減った。
「あ、タマネギとホウレン草と、大根とキャベツもらっときますね。」
『好きなだけもってきな。』
「いただきまーす。」


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